第6話 ねえ、遥か西の島ってどうおもう?
長城の東端であるシャンハイグァン(山海関)に到着する頃、あたりはすっかり日が落ちてしまっていた。とはいえ長城の足元の土壁の向こうから明かりが漏れている。
防衛の最前線基地の外郭であり物流も盛んな街が土壁の中に広がり、夜だというのに多くの軍人や商売人らしき人たちが行き交っている。
「この時間、関門は通して貰えないので今夜はここで泊まりましょう」
せっかく街に着いたというのに緑川は深刻そうな顔をしている。
理由を尋ねると、戦時下なので夜間に騎兵の襲撃があるかもしれないとのこと。また流民や野盗も多く、そいつらからの略奪の心配もあるそうだ。
私兵を雇っている宿を探し歩くと、すぐに宿の前に武装した男たちがいる宿を見つけることができた。
翌朝、出発前に緑川から馬が疲弊しているので乗り換えるべきと提案があると「えっ、ドンキーとお別れするの?」と青山が悲しそうに言った。
―――いつの間に名前を付けていたんだ。しかも愚か者って…
とはいえ馬の様子は想像がついていたので買い替えのため街の中を見て回る。
軍馬のような大きいものは売ってもらえなかったが、農耕などに使役するモンゴル馬、この地域の小型馬を売ってもらえた。買い取り価格はそれなりだった。
「よろしくね、新しいドンキーちゃん!」青山は小型馬に再びそう命名していた。
馬の入手後、ベイジン(北京)へ向かうため門へ行き商人たちなどの列に並び、順番が来たら「ドラゴン討伐の召喚者」である旨を告げるとすんなり通して貰えた。
街道を西へ一直線。新しい馬とはいえそこそこ休憩を入れながら進む。
特にトラブルもなく日が落ちる前に明の首都、ベイジンへ到着する。
さすが帝国の首都だけあって街がでかい。多くの人が行き交い、喧噪と生活臭、そして家畜の臭いで頭がクラクラする。馬だけでなくラクダやロバまでいる。
夜に城へ入れて貰えるわけもないので情報収集は翌日にすることに。
「北京ダック食べられますか?」目を輝かせて青山が夕食にリクエストする。
「食べられるところを探してみましょうか」と緑川が請け合う。
街の食事処を見て回ると「ありましたよ」と緑川が提供している店を発見。
―――社会の精霊ってぐるなび機能も完備してんのかよ…
だがこの時代の北京ダックは薄皮をパリパリに焼いて巻くスタイルではなく、いわゆる蒸し鶏に近い食べ方だったため、青山は「なんかちがうー」と不満げだった。
食事処を出てから宿に着くまで「僕のせいじゃない」と緑川は口を尖らせて誰ともなく言い訳をしていた。
翌日、この日は移動しないということで昼飯を食べてから紫禁城へ。
「あ、ここ学生が轢かれたところだ」白井がそう言うと「各方面に飛び火するのでやめてください」と緑川に強めに窘められた。
例の門で下馬して守衛にドラゴン討伐の情報を聞きに来たと告げると、中に入ることを許可された。しばらく進むと別の門がありそこれでも同じやり取りをして、そして再び門が現れ同じやりとりを。そこから先がようやく城の内部という扱いだった。
城内の文官から「ふん、召喚者風情が」といった軽蔑が黒い霧のように吹き出していたが、別の派閥なのか丁寧に扱ってくれる文官もいて丁重に部屋に通される。
そこに現れたのは、真っ白な髭が鳩尾のあたりまで伸び、これまた真っ白な眉毛が目を覆い隠している爺さん文官だった。両手を交差し袖の中に突っ込んでいる。
「精霊使いを召喚した噂は聞き及んでおります。マヒノルから遠路はるばるお訪ねくださり感謝いたします。御伽噺だと思い込んでいる連中が失礼な態度を…」
「いえ、お気になさらず。早速ですがドラゴンの棲み処について何かご存じでしょうか。討伐隊を編成していると聞いたのですが」
「わたし共の持つ文献では、ドラゴンは遥か西の灼熱の島に棲み、人の営みが星を滅ぼさんとするとき世界の全てを焼き尽くすとあります。残念ながら島がどこなのかまでは生憎と知りませんし、戦時下ですので討伐隊も編成しておりません」
―――なんだよ、ハンソンで聞いた話はガセネタかよ・・・
さらに白髭の爺さんは続ける。
「たしか精霊は6つ。しかし皆さまは3人しかいらっしゃいませんが?」
「ええ。召喚時期がばらばらで残りの3人とは会えていないのです」
「であれば、トゥファンの高僧を訪ねるがよいでしょう。かの者は精霊の居場所が見えるとのことです。ドラゴン討伐も6人揃えば心強いでしょうな」
「貴重なお話をありがとうございました」そう礼を言って三人は部屋を後にする。
天安門まで戻る道すがら「皇帝さんに会えるのかと思った」と青山が言うと「いまの時代の皇帝は引きこもりだから」と緑川は気の毒そうな顔で笑った。
爺さんの話を二人と共有したとき、トゥファンはチベットのことだと緑川に教えてもらった。天安門で預けておいた小型馬に跨りチベットを目指す。
ひとまずはシーアン(西安)、そしてセイド(成都)へ。




