第5話 ねえ、貢物を奉納ってどうおもう?
異様な生き物を川底に確認し戦慄する白井。―――フ、フラグ回収…
怖いもの見たさでそれを眺めていると川の中のナニカと目が合った。
大声で「逃げろ!」と叫んで川から離れる白井に、青山と緑川も続く。
川面がうねり、中から小さな腕のついた巨大な白い蛇の化け物が現れる。
―――だから!こんなの国語と社会でどうしろってんだよ!!!
「あ、あれは蛟ですね!長江の伝承で有名ですが太子河にもいるんですね」
「き、気合で倒せませんか?負けない気持ちがあればどうにかなるはずです!」
白井の後ろから役に立たない精霊の加護の情報を二人が伝えてくる。
あ!もしかして?と思い白井は小型馬の足を止め、川面から頭を出している蛟の目をじっと見る。―――精霊の加護ならワンチャンあるかもしれない…
「き、君に危害を加えるつもりはない!だからこの川を渡らせてくれないか!」
白井が大声で蛟に話し掛けると蛟は白井をじっと見つめた後、大きく口を開き「シャーッ!」と耳をつんざく唸り声を挙げた。
白井の言葉など通じない。化け物に話が通じるわけがなかった。
丸飲みする勢いで白井の方へ蛟が向かってくる。―――あ、詰んだ…
潔すぎるほど白井が生きるのを諦めたそのとき、辺りに太鼓の音が鳴り響く。
そして川の中にどぼんどぼん音を立てて何かが投げ込まれる。
村の人たちが猪や兎などの動物を川へ投げ入れている。蛟は視界の端にそれを捉え、白井を飲む込むのを止めて川の中へ戻っていった。
「あ、あじがどう…ございまず…まじで死ぬがと…おぼひまひた…」
白井は号泣しながら村人たちに感謝した。村人たちは迷惑そうに「蛟が暴れて田んぼや畑がダメになるのを避けるためだ、お前のためじゃない」と鼻を鳴らした。
村人は二度と蛟を起こさないように安全に川を渡る場所を教えてくれた。
旅を再開した三人は、魔物がファンタジーでないことにびくびく怯えながら谷間を進み、城塞都市シェンヤン(瀋陽)を目にしたのは空の色が泣きはらした白井の目の色と同じく茜色に染まる頃だった。
門番に召喚者であることを告げると、城門を閉められる前に滑り込みで街に入ることができた。
さすが後の後金の首都であるシェンヤンであるからして、日没直前にも関わらず食事と寝床を確保することができた。食事の間、三人は蛟の禍々しい恐怖が拭いきれず会話は弾まなかった。さながら葬儀後の精進落としのようだった。
しかし、その晩も白井の部屋に遠慮がちなノックをする青山の来訪があった。
蛟に睨まれて以降、足の震えが止まらなかった白井は無様な姿を見せたくないという思いと、慰めて欲しいという弱音、言葉が通じるかもしれないと足を止めて皆を危険に晒した罪悪感、全てがないまぜな感情を抱えてドアを開けた。
「や、やあ、きょうは大変な一日だったね」
「はい。えーと、あの、怖かったですね。それで、あの、また明日って言いたくて」
「え?ああ…、え?また明日…? うん。疲れただろうからゆっくり休んで」
「はい。じゃあ、おやすみなさい。また明日」
青山は部屋の入口で短い会話を終えると自室に戻っていった。
てっきり抱きしめてくれるものだと期待していた白井は肩透かしを食らったような気分だったが、情けないって軽蔑されなくてよかったと思い直した。
―――また明日か… 旅は続くのだから、しっかりしないと。
翌朝、緑川が地図を使ってベイジン(北京)までのルート説明を行う。2日間かけてシャンハイグァン(山海関)というところまで一気に駆け抜ける予定。なるべく野宿は避けないと…と唸っている彼の様子を見守るしかない二人。するとふと顔を上げて二人に声を掛ける。
「ところでお二人、昨夜なにかありました?雰囲気が少し違うような」
「いや別に」「なにもありませんよ」緑川の邪推に二人はそっけなく答えた。
シェンヤンを出発し南西方面へ向かう。山道はなく平野が広がり穀倉地帯のようだが荒廃した畑が目立つ。緑川曰く「野盗が荒らしているようですね」とのこと。
―――魔獣の次は野盗かよ… この面子で襲われたらひとたまりもないな…
日が傾き始める前にジンヂョウ(錦州)に到着し白井の不安は杞憂に終わる。
これ以上進むと野宿確定なので今夜はジンヂョウで泊まることに。宿屋は割高だったが日が落ちれば極寒まっしぐらだったので、火床というベッドがなければ死んでいただろう。これが野宿を避けたかった理由だったようだ。
ぬくぬくの夜を過ごし、早朝の凍り付くような空気の中を三人は出発する。
相変らずの戦乱で乱れた穀倉地帯をゴリゴリ進む一向だったが、プサン(釜山)から酷使されて限界を迎えた小型馬たちの脚色が悪くなる。
計画的な休憩を取り入れず、連続で歩かせすぎたツケが回って来たのだ。
休憩を多めに入れ小型馬たちを宥めすかして街道を進むと山の峰に白っぽい背びれのようなものが見え始める。しばらく進むとそれが万里の長城であることに気付く。
「あれがそうかすげえな」「作った人のことを想うと気が遠くなりますね」とはしゃく二人を尻目に緑川は一抹の不安を覚えていた。日没が近い。




