第60話 ねえ、縦長の楕円ってどうおもう?
翌朝、宿の主人に商隊長との交渉はどこで行うのか確認すると、お昼に近くのカフェで待ち合わせだそうなので、昼より少し前にこの宿に戻って来るように言われた。
宿を出てガザまでの旅の準備を整えようと街を歩き始めたとき、白井が口火を切って『召喚者の証』が必要になるのではないかと皆で話し合った。
そうして『証』として旗を作ることになった。旗が認知されていればそもそも職質を受けないからだ。ならず者はともかく国や軍に対しては身分証の先制攻撃になる。
白井が店の人に聞き込みをして綿繊維市場へ向かう。旗に使える布が欲しいと店主に伝えるとエジプト綿の丈夫なやつを勧められる。全員でお金を出し合って買った。
「これに紋章のようなものを描きたいのだけど」と主人に尋ねると「それなら、聖墳墓教会の近くに巡礼者向けの聖画を描いている工房があります」と教えてくれた。
すると緑川から「竿の調達と槍頭制作があるから二手に分かれましょう」と提案がある。店主にそれらはどうすれば良いか尋ねると「金工市場がありますからそこの工房を訪ねてみてください」とそれについても教えてくれた。
おおよその場所を聞いて緑川に伝える。緑川と赤坂が竿チーム、白井と青山が旗チームで分かれる。それぞれ段取りが済んだら聖墳墓教会で合流することに。
それっぽいアトリエのようなところで「絵を描かせて欲しいのだけど」とお願いすると、応対した若者に「なんの修行もしていない者に描かせるわけにはいかない」と怒られる。すると奥にいた爺さんが「生意気な口を叩くな半人前が」と若者を叱る。
―――なんだろう、これ。よくある展開。ここでおれの才能が開花するのか?
「ところで、どんな絵が描きたくてここを訪ねたんだい?」
爺さんは白井ではなく青山に話し掛けている。―――才能開花おれじゃなかった!
「え?お爺さんはなんて言っているんですか?」
「なにか青山さんに才能の片鱗を見たっぽいよ。青山さん絵は得意?」
「絵ですか… 授業で描いたくらいで好きでも得意でもないですねえ」
「爺さんの許可がないと描かせてもらえないみたいだからお願いしていいかな?」
「はい。じゃあ一緒に描きましょうか。二人の共同作業ってやつですね。ふふふ」
白井は爺さんに「自分たちの旗を作るために描かせて欲しい」と言うと「じゃあ道具は貸してあげるから好きに描けばいい」と言って作業場と道具を貸してくれた。爺さんは白井と話をしている間もずっと青山のことを見ていた。
―――じじい!こっち見ろや!おれに才能あるかもしれないじゃん!
青山とデザインを相談しているうちに昼近くになり「ああ、商隊長さんと交渉に行かなきゃ。青山さん任せちゃっていい?」と言うと「えっ、いいですよ。困ったらお爺さんに筆持たせちゃいます」と許可が出たので青山を残し白井は高級宿へ。
主人に声を掛けると近くのカフェに連れ立って行き、既に待っていた商隊長に挨拶をする。昨夜飲んだすごく濃くて苦いコーヒーを飲みつつ交渉が始まる。
自分たちは召喚者であると言ってもピンと来ていないようで、宿の主人が「とても高貴な方々です」と言うと商隊長は、むむむ!と白井を品定めするような目で見た。
ルートやいろいろな条件の説明があり、白井は半分ぐらいしか理解できなかったが、それでいいと了承した。―――緑川さんがいないと道とか地名とかムリ。でもなんとかなるだろ。たぶん。
宿の主人が店員に声を掛けると、焼きたてのホブズと塩漬けのオリーブが運ばれてくる。これを商隊長さんと一緒に食べて『個人の名誉と神への誓い』の儀式終了。
報酬の話が出なかったので白井が尋ねると、高貴な人の場合は例の「喜捨」という施しにてお支払いという、葬式で読経に来てもらった坊さんに払うアレな感じのお会計だった。
相場もわからなかったので、赤坂から預かっていた小さい真珠を一粒「これ前金と成功報酬に分けられないから全額で」と渡して、急いで工房へ戻る。
白井が急いで工房に辿り着くと、爺さんが筆を持って絵を描いていて、その後ろで腕を組んで首を傾げる青山の姿が見えた。爺さんの横に回り込み、旗を覗き込んで白井は戦慄した。
オフホワイトの白い地の中央に縦長にオレンジの楕円が描かれている。
楕円の縁は黄色で細かくギザギザに尖っていて、さらにオレンジの楕円の中には真っ黒な楕円が描かれている。『黄(橙(黒)橙)黄』色目はこんな感じ。黒目も縦長。
どう見てもサウ〇ンの目です。ありがとうございました。
若しくは女〇器です。本当にありがとうございました。
―――権利的にも倫理的にもどうやってもモザイクがかかるやつじゃあねえか!!
白井は恐る恐る青山に声を掛ける。
「あの、あれは?爺さんが勝手に描いたの?」
「あっ、おかえりなさい。悩んでたら話し掛けてきて、よくわからないから筆を渡してお花を描いてってお願いしたんですけど、やっぱり言葉が通じなくて…」
描き直す時間はないので描き終わるまで佇む白井と青山。
しばらくして描き終わった爺さんがやってきて、あれの題名を告げた。
『バーブ(門)』だと言う。
―――え?なんか、それっぽい… なんか急に意味深な感じがしてきた。のか?




