第58話 ねえ、身分の証明ってどうおもう?
谷底の大通りに現れたコック帽にスプーンを挿した連中は、一行を帝国への密偵と判断し身柄拘束しようとする。腕を掴まれた赤坂は「離せよ!離せ!」とその手を振り解こうとじたばたするも捉えられ後ろ手に縄で縛られてしまう。
役立たずな三人は虚ろな目でぶつぶつとなにか呟き無抵抗のまま拘束される。
一行が連行された先は治安拠点であるダビデの塔の衛兵室だった。監獄ではないものの留置場みたいなもの。冷たい石の床に座らされ一行は沙汰を待つことに。
唯一正気を保っていた赤坂は腹立たしさを通り越して呆れていた。よくこのポンコツな三人でインドまで辿り着いたものだと。普通なら何度か死んでいるはずだと。
やがて部屋に先ほどの衛兵がやってきて尋問が始まる。赤坂に対して衛兵がなにかを言っているが言葉による意思疎通ができないので、返事をする代わりに彼は顎で白井のことを指した。衛兵が虚ろな目でぶつぶつ言っている白井の頬を二度三度ぺちぺちと叩くとようやく白井は我に返った。
「え?なんだこれ!コックさん?なんで?なんでヒゲのコックに縛られてるの?」
白井は訳がわからず、とにかく解説役が必要だと感じて緑川の耳元で「正気に戻ってください!おれたち食べられちゃうかも!」と叫ぶと、ようやく緑川も正気に戻る。
「あれ、ここは?どうしてイェニチェリが?って、なぜ縛られてるんですか!」
「そうなんですよ。あのコックたち、人を攫ってケバブみたいに焼いて売ってるんですよきっと。あ、スプーンてことは煮込みかも。相当やばい状況ですよこれ」
「いえ、違います。彼らはイェニチェリというオスマンの常備歩兵軍です。夜間外出禁止なので、日没後に出歩いていたかどで連行されたのでしょう」
―――さっきの強盗の話、本当だったのかよ…
緑川の解説でようやく事態を把握した白井が解放するよう衛兵に声を掛ける。
「おいあんた、おれたちは召喚者だ。ドラゴン討伐の召喚者だ。縄を解いてくれ」
白井が衛兵にそう言うと彼は「そんなわけないだろう」と言う。「いや、本当だって。イェリコの守備隊に護衛してもらってここまで来たんだ」と説明すると、しげしげと4人の顔を見回して「なにか召喚者だと示すものはあるのか?」と尋ねられた。
ここまでフリーパス特権をいいように『召喚者なんだけど』の一言で済ませて来た白井にとってそれを証明するものを提示するよう言われたのは初めてだった。
「いや、ねえけどさ。じゃあ聞くけど召喚者の証、それをあんた知ってるのか?」
「知らん。ただ国から召喚者は丁重に扱えと言われておるが、そんな貴人がお前たちのようなみすぼらしい異国人であるわけないだろう」
「確かめようもない証拠を出せとか、身なりがどうとか、お前のそのヘチマみたいにスカスカの脳みそがドラゴンを野放しにして世界を滅ぼすことに気付け。つかなんだよそのコック帽とスプーンは。頭にスプーンて。狂った格好してんのはおまえらだろうが」
罵倒なのか威嚇なのか、夜更けの聖地エルサレムの留置場で知性を微塵も感じられない声を荒げる白井。騒ぎを聞きつけた上官がお伴を従え駆けつける。
「何事であるか!」
「ハッ!不審者どもを発見したので身柄拘束し連行したところ、この男が『ドラゴンを討伐する』などと意味のわからない供述をしており…」
「この者たちが召喚者であると?そう言っておるのか?」
部下同様、汚いものでも見る目を向ける上官に白井は言う。
「おい、あんた上役か?とにかく解放するようにこいつに言ってくれよ。おれたちゃ本物の召喚者だから。イェリコの護衛に聞いてもらえばわかるから」
「であれば明日確認する。今夜はここに置いてやる。もしも貴様の弁明が嘘であれば即刻監獄へ放り込んでやるからな」
「おいふざけんな!今すぐ解放しないで後から召喚者だってわかったら、謝っても許さねえからな!そのスプーンでおまえのキン〇マを口に運んでやるからな!」
上官が冷たい眼差しを向けて部屋を出て行こうとしたとき、衛兵が赤坂の荷物を抱えて入室してくる。尋常ならざる彼の財産を取り上げられると思ったが、そうではなかった。アカサカ名義の数々の証文が、大富豪にして召喚者である証明になった。
召喚者アカサカ。正体はともかく彼の名は単なる金持ちとは一線を画していた。
「召喚者殿。こちらの不手際、誠に申し訳ありませんでした。つきましては、この大失態をお許し頂くため、我が帝国の誇りのため、この私めの首で何卒ご容赦を…」
「待て待て待て待て待て。あんたが死んでもひとつも嬉しくないんだよ。それよりさ、腹減ったし横になって休みたいし、なんなら風呂も入りたいんだよね。お願いできるかな?誇り高いあんたの命と比べたら随分安いお願いだと思うけど」
パワーバランスが逆転したことに気付いた白井は、彼らの引け目に付け込み臆面もなく贅沢な要求をする。白井に悪い顔が戻ったことを赤坂は朗報だと捉えた。
命で償おうとした上官は白井の要求を飲み、急いで貴賓用宿舎に取り次ぎ部屋と食事、そしてプライベートハマムまで用意をしてくれた。
結果的に、護衛とはぐれたことで一行は贅沢な一夜を過ごすことになった。




