第57話 ねえ、ダメな大人ってどうおもう?
日が暮ようとするエルサレムの街中で案内役を見失う。ぐるなびまで搭載した緑川がいれば問題ないだろうと白井は楽観していた。ところが、緑川が受けた加護のナビ機能においてエルサレムの街中は認識することができないと言う。情報の欠落なのかバグなのか、召喚者ご一行は本当に迷子になってしまう。
ラバのおじさんに現在地を確認すると、街を四分割した北東のムスリム地区にいるという。おじさんはムスリムだから守備隊がいようがいまいが近場で適当な宿を探して泊るが、明日以降ガザに向かうのであれば北西のキリスト教地区で泊らないと西に向かう足や護衛などが確保できないという。そちら方面の仲介人はこちらにはいないらしい。
「じゃあ、おじさんとはここでお別れだね。ラバ、ありがとう。それで北西や西に向かうとき、何を目指せはいいの?」
「聖墳墓教会のあたりの宿ならガザ行きのキャラバンに便乗できるよ。スーク・ハーン・エ・ゼイトという谷底の大通りに出ればすぐにわかるから」
ラバおじさんと別れ、ひとまず北西か西に向かおうとするも、石畳の道は複雑に入り組んでいて袋小路に何度もUターンを強いられる。辺りはすっかり暗くなっているが街灯などなく、街は眠りにつくように静かになってくる。あれだけ人でごった返していた通りも閑散としてしまい、道を尋ねようにも人がいない。白井は緑川にナビ機能は復活しないのか尋ねる。
「この場所に三つの宗教が重なり合っているのが情報を混濁させているようです。断片的なことはわかるのですが…、ナビは…、すみません」
頼みの緑川は困惑するばかりでアテにならず、なんだか元気のない青山、反省しきりの赤坂を引き連れて白井はアテもなく先頭を歩く。おじさんと別れてすぐに街の人に声を掛ければよかったと思いつつ歩いていると、「もし」と背後から声を掛けられる。
「旅の方、もしや、道に迷われていらっしゃるのではありませんか?」
声の主はあまり見かけないタイプの男だった。慈悲深い目を向けている。
「はい、聖墳墓教会のあたりのハーン(宿)に行きたいのですが、道がわからなくて」
「おお、やはりそうでしたか。ちょうど私もそちらに向かっていますので、よければ案内いたします。旅人が夜更けに出歩くと衛兵に掴まってしまいますので、目立たぬよう路地を抜けて行った方が良いですし」
渡りに船だと白井が男の後に付いていくと割と早めに袋小路に案内される。民家に三方を塞がれている路地。抜け道でもあるのかな?と白井が呑気に思っていると、案内してくれた男が振り向き、すらりとナイフを抜く。路地の入口には蓋をするべく男が数名集まって来る。誰も彼も手に刃物を持っている。―――やらかしたっぽい…
暗がりへ誘い込み身ぐるみを剥ぐ強盗集団にいち早く気付いた青山が叫ぶ。
「キィヤァァァァァァーーーーーーーアアアア!」
それはただの悲鳴ではなかった。まるでソプラノ歌手がアリアで見せる超絶ハイトーンの絶唱。波形の短い叫び声は石壁を乱反射し細い路地を駆け巡り、まるで警報ブザーのような働きをした。広範囲まで届きそうなその声に、強盗たちは衛兵が駆けつけるのを恐れて一目散に逃げ出した。
窮地を脱したものの、青山は自分の声に脳を揺さぶられ茫然とその場に立ち尽くす。真珠や証文の入った赤坂の荷物を奪われでもしたら完全に詰むところだったと、自分の甘さに辟易した白井は項垂れ沈黙。緑川は相変わらず困惑しているだけ。
こうしてイェリコでの大失態からモブ化していた赤坂が押し出される形で先導することになる。虚ろな目をする頼りない大人たちを率いて谷底の大通りを目指す。
「まず、次数3以外は無視だな」赤坂はそう呟いて、丁字路か十字路以外では曲がらないように歩いていく。通りの幅もいま歩いている道より狭い道は通らない。
「あとは、谷底だから石畳の排水溝のベクトル収束を組み合わせれば…」今度はそう呟いて、石畳の中央に設けられたV型の排水溝の幅と勾配を暗がりの中で注視し、広い方、深い方を選択していく。
赤坂が加護をフル活用して難解なエルサレムの路地を解析しながら進む後ろを、三者三様に虚ろな目の役立たずどもが付き従う。
やがてノードの次数解析と排水溝のベクトル収束を駆使した邪眼王改め幾何学王赤坂の手柄で一行はスーク・ハーン・エ・ゼイト、谷底の大通りまで辿り着く。
大通りに出れば屋台の喧噪に包まれるとばかり思っていたが、通りは静まり返り、開いている店などなかった。「え、宿とかどうすれば…」と赤坂が立ち尽くしていると、松明を掲げた数人の髭面たちがジャラジャラと鎖の音を立てて近づいて来た。
頭には背の高い白いコック帽を被りスプーンが刺してある。カラフルな衣装を纏っているその男たちに、調理人と思った赤坂が「飲食店の方ですか?」と尋ねる。無論、日本語で。
「貴様!ここで何をしている!夜間は外出禁止であるぞ!」
赤坂はわけもわからず怒られている現状に、朝の子供と自分を重ねて悔しくなり、ぐっと唇を噛んで男たちを睨みつけた。




