第54話 ねえ、保健所の犬ってどうおもう?
白井たちが道端に座り、ケバブとファラフェルを交互にかぶりつき、ようやく味覚があの頃に戻って来たと心の中で感涙していると、一人の汚れた服を着て顔や手にも土のついた子供が寄って来て言う「ちょうだい」って。
―――腹が減っているのかな?そもそもこの子は家とかあるのかな。
白井が逡巡している間に子供は緑川に「ちょうだい」と声を掛ける。
彼が戸惑っていると赤坂に、青山に、順に「ちょうだい」と言っている。
4人の誰もが食い物を与えるのを拒んでいるわけではない。その子の奥、通りのそこかしこからの視線を感じていたから戸惑っていた。
白井はほんの短い時間で腹を括った。ケバブの肉を一口分千切る。
すると、思った通り大勢の子供が沸いて出てきて白井たちの前に集まって来る。
緑川は「持てる者が与えるべきという文化ですから」と手にした食い物を子供たちに分け与えるべきだろうと考えているようだった。だが白井は違った。
千切った肉は自分で食べた。子供たちの顔に失望の色が浮かぶ。そして言う。
「君たちはどうして食べ物が欲しいんだ?まずは君からだ。どうしてだ?」
「おなかすいた」
「どうして?」
「食べるものがない」
「どうして?お父さんやお母さんは?」
「いない」
「じゃあ、いつから食べてないんだ?」
「わかんない」
「きのうは?」「食べてない」
「その前の日は?」「食べてない」
「その前の日は?」「んー、食べたかも… わかんない」
「じゃあさ、この食べ物は誰のもの?」
子供は黙って白井を指差す。
「だよね。どうして君がもらえると思ったの?」
「…… わかんない」
「そっか。じゃあ、そっちに行って考えてて。また後で聞くから」
そう言って白井は子供たちと面接を始めた。8人ほどだろうか。
どの子も、昨日以降食べてなくて腹を空かせていたし、親がいなかったり、丁稚奉公に売られたような子が劣悪な環境で働かされてロクに飯が貰えてなかったりした。
なぜ自分が白井の食べ物を貰えるのか、それを言えた子は誰もいなかった。
そして最初の子を呼び戻す。
「どうして貰えるのか、わかった?」
「あなたお金持ち」
「お金持ちの食べ物は貰えるの?どうして?」
「分けないといけない」
「そうか。分けないといけないんだな。わかった。もう少し待ってて」
次の子を呼ぶと、話を聞いていたのかその後の子も全員が同じことを言った。
白井は全員に向けて言う。
「明日から誰かに食事を恵んでもらうときは、どうして食べ物が必要なのか、どうして食べている人が君たちに分け与えなきゃいけないのか、それを言うんだ。ちょうだい、だけじゃダメだ。ちゃんと言うんだ。わかったか?」
子供たちはこくりと頷いた。頷けば食べ物を貰えると考えている子はいなかった。理由を言えば貰えると、子供たちは思っていた。
「じゃあこれ、みんなで分けて食べろ。ちゃんと分けろよ。ズルすんなよ見てるからな。持ってるやつが分けないといけないって言ったのはおまえらだからな」
そう言って白井は持っていた食べ物を2人の子供に手渡した。
白井が子供たちと会話している間、緑川も赤坂も青山も、誰も手にしたものに口をつけていなかった。
「白井さん、あの一番大きい子を呼んでください。通訳お願いします」
緑川に言われて白井は一番大きな子を呼んだ。そして緑川の言葉を伝える。
「いいかい、君がみんなに今から言うことを教えるんだ。わかったか?」
大きな子はこくりと頷く。
「明日から、困っている人を探すんだ。困っている人がいたら、どうして困っているのか聞くんだ。そして助けてあげられそうなら助けろ。必ずお礼や食べ物が貰えるわけじゃないけど助けろ。それを毎日やるんだ。わかった?わかったら言ってみて?」
「明日から、困ってる人を探す。どうして困っているのか聞く。助ける。毎日」
「よし。じゃあみんなにいまの話を教えてあげて。あ、これみんなで分けろって」
緑川は大きな子に自分の食べ物を渡した。大きい子はみんなのところへ食べ物持っていき分けながら緑川からの話を聞かせていた。
「白井さん、僕もお願いします。あっちの子を呼んでください」
赤坂まで乗っかって来た。彼が指名した子は丁稚奉公の子だった。物乞いの子に比べて少しだけましな格好で利発そうな眼差しをしていた。
白井は赤坂の言葉をその子に伝える。
「いま食べた量でおなかいっぱいになったか?」
その子は首を横に振った。
「それは2人からしか貰えてないからだ。1人からしか貰えなきゃもっと少ない。4人から貰えたらもう少しお腹がふくれる。ここまではわかるか?」
「わかる」
「じゃあ、おなかいっぱいになるには、いまの量で何人から貰わなきゃいけない?」
「わかんない」
「考えるんだ。何個必要なのか考えるんだ。間違っていてもいい、考えるんだ。このぐらい食べたいなと思った量をもらうには、何人から貰わなきゃならないのか、それを考えるんだ」
「うん。考える」
「みんなにそれ教えてあげられる?」
「わかった。みんなに言う。何人と何個、考える」
赤坂は食べ物をその子に渡した。白井が「ちゃんと分けるんだよ」と添えた。
青山は白井に頼らなかった。「みんなおいでー!」と日本語で手招きをした。
子供たちがわらわらと青山の前に集まる。
すると青山は正面の子の顔をくにっと掴んで口角を上げて「こう」と言う。
他の子にも同じことをする。自身も笑顔で。
繰り返していると「アハハ」と子供の笑い声が上がり始める。
「そう、笑って。いつでも。じゃあ、これみんなで食べて」
そう言って正面の子に食べ物を渡す。分けろと言わなくても子供たちは分け合って食べた。「アハハ」と笑いながら。
4人は宿に戻り、自分たちの無力さに泣きながら眠った。




