第50話 ねえ、露出が決別ってどうおもう?
早朝にケラクを出発。護衛はバニ・サフル部族のおじさん。
なだらかな起伏の高原の街道を往く。朝は涼しく日中は暑い。浅い川を渡ったり木陰で昼寝したり。昼食は川の水で炊いた麦の粥。うまくもなんともない。
バニ・サフル部族の使うラクダは足が早い。野盗も出ないし悪霊の類もなし。
陽が沈む頃、目的地のマダバに到着。まるで昨日と同じ一日だった。
ところがマダバは街ではなかった。―――ふつうに廃墟じゃん…
朽ちた石造りの建物の残骸があるだけで店も家もなく、今夜は野営。
地下の雨水貯水槽の近くにL字型に残る壁を風避けにして、バニ・サフル部族の護衛がテントを設営してくれた。徐々に冷え込んできているので皆で薪を拾う。
陣地を確保したところで明日から世話になるアドワン部族の護衛が到着する。
バニ・サフル部族の護衛が淹れてくれたスパイスティーを飲んで、明日の行程確認などを行う。死海の岸辺やヨルダン川の渡し船を管理しているアドワン部族でなければ安全に死海まで行き来できないらしく「任せておけ」と自信満々だった。
引継ぎを済ませたらバニ・サフル部族の護衛が作ってくれた、米ではない麦かなにかを炊いたものに肉が乗っているやつを皆で食べる。そして赤坂の支払い。
―――命を預けているとはえ、真珠使わせすぎだよなあ…
寝る時少し寒かったけれど、誰も風邪などひくこともなく一夜を過ごせた。
起きたときにはアドワン部族の護衛は準備を始めていて、バニ・サフル部族の護衛と別れ死海へ向かう。
白井はグラインを出てからずっと聞こうと思っていたことを緑川に訊ねる。
「死海って科学の加護と何か関係がありそうなんですか?」
「濃すぎる塩分濃度や天然アスファルトなど自然の驚異がいくつかありますから、ヨーロッパを目指す道中で立ち寄る可能性は高いかと。何か、彼女の痕跡があるといいのですが」
―――ああ、確証はないけどルート的に寄った可能性が高いってことか
マダバを出て北へ進み右手から太陽が昇り始めると、朝焼けに背を向け西へ進路を変える。街道を外れ砂礫の道をいくと崖が現れる。九十九折の階段のような細い通路があり「ここをいく。慌ててラクダから落ちるな」と護衛から注意があり、縦列になって細い階段を降りていく。もちろんガードレールなどない。
崖の下には銀色に鈍く光る異様な光景が見えた。巨大な断熱シートのようだ。
細い階段はヤクに乗って九十九折の道を歩いた恐怖以上に恐ろしい。ラクダの鞍がコブの上にあるという不安定感に胃がきゅぅっと締め付けられる白井の後方で、青山が「キャー!こわいこわい!」と笑っている。
普通の人なら恐怖のあまり漏れる笑い声なのだろうが、青山の場合は絶叫マシンのそれ。もしかしたら腕を上げているかもしれないと白井が振り向くと、「こわーい」と言いながら本当に両腕を上げていた。目が合うと彼女は「んふふー」と嬉しそうだった。
ゆっくり降りていくと徐々に湿度と温度が上がって来る。太陽が昇ってきているのと標高がぐんぐん下がっている相乗効果か。4人は何度か耳抜きをする。
「なんか空気が重くなりましたね。そんなに湿度は感じないのに」と身体に感じていることを白井は前を行く緑川に伝えると「海抜マイナス400mを目指していますからね。気圧がどこよりも高いから空気が重く感じますね」と解説があった。
やがて一行は心地よい倦怠感に包まれ、死海に辿り着く。
それは少し奇妙な光景だった。銀色に光る湖面をぐるっと白い縁取りがしてあり、多少の風はあるのに水面があまり動かない。水銀とまではいかないにしろ「水ではないナニカ」を思わせる。
ラクダから降りて不思議な光景に目を奪われている白井に「荷物の番と日陰を作るよう護衛にお願いしてもらっていいですか」と緑川に言われ、白井が護衛にそれを伝えると「なんだ。主殿は湯治に来られたのか」と言って天幕の設営を始めた。
「湯治って言われましたけど、ここ温泉なんですか?」
「いえ、高濃度の塩分とミネラルが皮膚病に効くんです。あとは硫黄の臭いのする黒っぽい灰色の泥は泥パックとして毛穴の皮脂や汚れを落としてくれるんです」
緑川は解説をしながらいそいそと服を脱ぎ始めたが「あっ!」と気付いて慌てて白井に通訳をお願いする。二人で天幕の設営をする護衛の元へ行き緑川の言葉を白井が伝える。
「あなた方の名誉を汚すつもりはないが、彼女もここで湯治がしたい。あの姿のままでは入れないから服を脱ぐことになるがどうか許して欲しい。裸にはならないから」
「主殿、伝えてくれて感謝する。もしその言葉がなく女が肌を見せていたら我らの誇りを傷付けられたとして荷物と共にここから去っていただろう。だが我らにも思うところがある故、荷物はあちらの岩陰に持って行って我らは見ないことにする。危険があれば大声で知らせてくれ」
―――ちょう危なかったじゃん!青山さんが脱ぐ前でよかったー…
護衛との折衝が済んで、4人は心おきなく神秘の海水浴をする準備を始めた。




