第48話 ねえ、ラクダの罠ってどうおもう?
岩棚でのロングシエスタは標高がそこそこあるからか風は涼しく、バテバテだった一行の体力を回復することに貢献する。が、太陽の輝きは熱線となって岩肌や人間を焼き焦がすため、岩壁に鋲を打って棚の支柱に黒い布を渡し、四角い箱にしてこれを防ぐ。
―――まるでテレビで観た世界遺産のスペインの宙づりの家のようだ。
日差しが少し弱まったところで休憩を切り上げ登攀を再開する。
おそらく現実世界よりきつい勾配に、人間よりもラクダの方が苦しそうだ。標高が上がり空気が乾燥し始めるとラクダたちは、なんだか喉に痰が絡んだような「グフグフ」という変な鳴き声まで発し始めた。白井、青山、緑川の三人は手綱を長く持ち、なるべく顔から離れた。経験者だから。
何も知らない赤坂は、ヒイヒイ言いながらラクダの顔付近のまま。
グボェアッ!!
手綱を伸ばそうが関係なかった。ラクダの首は長いのだ。
こんな坂道を登らされた恨みなのか、パーティーの引くラクダたちは一様に口から粘性の高い白っぽい緑色の、酸っぱい匂いのするナニカを、わざわざ手綱を握る人間の頭の上からぶっかけた。
赤坂は「うわぁー!」と悲鳴を上げたが、猛者三人は無言のまま。
ヨルダン高原にネバネバ酸っぱいマン、ドロドロ酸っぱいレディ、ベトベト酸っぱいガイ、ゲボゲボ酸っぱいボーイの4人で構成される絶対に触れてはいけない召喚者パーティが爆誕した。名付けて『ゲロネチョ酸っぱいパーティ』だ。
彼らはどのようにして目的地であるマアーンの街に辿り着いたのかわからない。
ただ、ラクダとの別れ際に、4人が揃ってラクダの顔を全力で殴っていたのを護衛たちは忘れないし、仕返しに吐瀉されるのを恐れて全力で逃げた後ろ姿を忘れない。
宿泊先は護衛たちが手配するはずだったが、虚ろな目をした異臭を放つゾンビたちが一番高級な宿に入り勝手に部屋を確保する。宿代は銀貨で支払ったが、赤坂が白井に無言で真珠を渡し、宿の主人に言って桶に何杯ものお湯をそれぞれの部屋に届けさせた。ヨルダン高原では水も薪も高級品だったが金の暴力で解決した。
その際、鬼気迫る白井に向かって宿の主人が「パレスチナ産のオリーブオイル石鹸があるのですがご一緒にどうですか」と、まるでバーガーの注文にポテトの追加を勧めるように言ってきたので「当然だ」と返して人数分用意してもらった。
さすが高級宿なので鍵付きの重い木製の扉が完備された個室であり、4人は全裸になって身体の隅々まで石鹸で洗った。
だが、男性三人は臭いまでは消しきれていなかった。
合流したとき青山は香油を使い臭いを消していたが、野郎共から漂うわずかな異臭に耐えられず、大事にしていた香油を三人に差し出した。身を守るためとも言える。
すっかり人間に戻ったベチョベチョゾンビたちは、宿の外で待っていた護衛たちと合流すると、「引継ぎの準備はできています」と言われ宿の応接室に案内される。
護衛と4人が部屋に入ると新たな護衛は悠然と立ち上り頭を下げた。
チラっと青山に視線を向けたが特に何も言って来なかった。
―――昨夜みたいなチンピラな感じじゃなくて、本筋な感じがするな。
そのチンピラ護衛たちが合図をすると例のアラビック・コーヒーが例によって手鍋から注がれ、ひとまずそれを飲みながら交渉が始まる。
「あなた方のような、高貴な方の護衛を任されること我らの誇りであります」
「ああ、勘違いされていると困るのだけど、ラクダのゲロを洗い流すことにお金は惜しまないけど、護衛の代金は相場以上に払うつもりはないですから」
「いえいえ、そういう意味ではなく、お待ちしている間にアニザの護衛からお話を伺っておりまして。悪霊やグールを退治し、部族同士の抗争も諫めたとか。これを聖人と呼ばずして誰が聖人でありましょうか」
―――くそっ。こいつ手練れだな。やりにくいなあ…
「まあ、どういうふうに捉えて下さっても構いませんが、報酬に過度な期待をされても困るんです。我々は大陸を越えた西の果てまで行かねばならないので」
そこで白井は話を止めて赤坂に「邪眼の手品はいらないから、中ぐらいの一粒使ってもいいかな?」と尋ねると「え?どうして?」と邪眼の出番がなく不満そうにする。
「たぶん、よく見せろって言われそう」と白井が言うと赤坂は納得して普通の真珠を取り出し白井に手渡す。
「ケラクまで、これでお願いしたい。旅はまだまだ続くので」
「わかりました。ではこれで契約成立ですね」
―――えらい素直に引っ込んだな。後で緑川さんに相談しよう…
定型文を言い合う宣誓の儀式を済ませて食事を護衛たちと摂る。
ジャウフからの護衛たちに「ありがとう。誇りを守ってくれて。ゲロはかけられたけど」と笑って言うと「はい、白くというか緑になりましたね」と笑って言ってきたので白井は本気で殴りそうになったが自重した。―――クソチンピラどもが!
その夜、脱ぎ捨てた服から酸っぱい匂いが漂って仕方ないので宿の主人に燃やすよう言いい、ついでに香炉を各部屋に配置してもらってどうにか眠ることができた。




