第47話 ねえ、煽りと脅しってどうおもう?
いくら戦略的な横断交渉術を授けたとはいえ、枯れた水場で遭遇した部族間闘争を、コンビニ前でたむろするヤンキーぐらいの感覚でしか見ていない白井の豪胆さに緑川は自分がおかしいのかな?と社会通念上持ち得るであろう危機感を疑い始めていた。
白井は『言葉』が通じるなら怖くないと偏桃体が機能停止しているだけだった。
彼はまず武装が立派な方の部族の男に話し掛ける。
「あなたシャンマル部族の方ですよね。僕たちは情報を運んでいるんですけど、たぶんヘイル(本拠地)で内紛がそろそろ始まりますよ。別に信じなくてもいいですけど、家に帰ったら跡形もないって…ぷぷっ、ちょっとシャレになりませんよね。あはは」
「テメエ、与太ふかしてんじゃねえぞ!俺たちは一枚岩だ!内紛なんて…」
「アル・アリーとアル・ラシード。他にもいますけど。あとね血の報復が溜まりすぎて小さな部族の反乱ももうすぐですよ。それからオスマン2世、もうすぐ失脚するんで武器も入らなくなるんじゃないですかねえ」
「なっ、テメっ… …いまの話、誰から聞いた?」
「言うわけないじゃーん?バカなのー?ねえ殺す?教えないからブッ殺す?だったら殺してみろよこの三下が!部族の一大事をこれだけ知ってるオレをただで殺せるとでも思ってんのか?ああ?部族全員アル・アインで呪い殺してやるからな」
急変した白井の重低音がトドメとなってシャンマル部族の男は戦意喪失し、その場で目を白黒させて固まってしまう。
「で、そっちのルワーラ部族のお兄さん。あなたも争いを止めたほうがいい理由を聞きたいですか?それとも呪い殺されたいでちゅかー?」
「な、なんだよ。あいつらが引くならここの水場は俺たちのものだろ?だったら俺たちには通行料を払えば通してやるよ」
「バカなんでちゅかー?ルワーナ部族はオツムが弱いんでちゅかー?そんなもん払うぐらいならジャマルに引き返して、あそこの連中とここ抑えるに決まってんだろうが。おまえら水場がなきゃラクダ養えないもんな。どんどん水場抑えて干上がらせてやるよ。相手みて物言えよ、この木っ端が!」
「うっ、なに… …わかったよ。金はいらねえ。俺たちも水場は命だ。通れよ」
白井の交渉術というより煽りテクと脅しの凄みにサポートのつもりで付いて来た三人は開いた口が塞がらなかった。緑川は、恐ろしいモンスターを生んでしまったかもしれないと冷や汗が止まらなかった。
そんな三人を尻目に白井は残してきた護衛に向かって「おーい、通してくれるってー」と声を掛けると、遠巻きに様子を見守っていた彼らはラクダを飛ばして合流してきた。
「我が主、彼はどうやって交渉を?」と護衛は赤坂に訊ねるも彼は言葉を理解できないので首を傾げるしかなかった。その様子に護衛たちは「呪術師だ。きっと彼もアル・アインを操る呪術師だ」と畏怖の念を抱いた。
すっかり足止めを食らってしまった一行だったが、紛争地帯を抜けてしばらく進み、日が暮れたところで野営をすることになる。
当然、こういった場所での野営は略奪目的の襲撃の危険が高いが、当事者たちを白井が震え上がらせたため、ジャマルの旗の連中には近付くなと御触れが出ていて平和な夜を過ごすことができた。
「あの、白井さん。さっきの口喧嘩みたいなの映画観てるみたいでした」と青山。
「邪眼持っていなくても言葉だけであんなに震え上がるなんて悔しいな」と赤坂。
「お手柄でしたね。私の知識だけじゃあそこまでは。覚醒したんですかね」と緑川。
「あれは、漫画とか映画とか見て来たものの台詞で頭に浮かんだものを吐き出しただけで、あまり考えて喋ってないですよ。こんな感じかなーって」と白井。
護衛が作ってくれた砂と灰がじゃりじゃりと口の中に残るちょっと嫌な感じのパンに、デーツを脂と混ぜた喉が焼けるほど甘いジャムっぽいものを付けて食べる。
正直、元の世界では考えられない食べ物だったが、この世界で生きるため、こんな場所で用意してくれるだけありがたいと4人は感謝しながら、口の中のじゃりじゃりする砂を噛んで嫌な気持ちと共に飲み込んだ。
次の日も朝日が昇る前に出発。夜型人間だった白井もすっかり朝方に。
出発して1時間ほど進むと、まるで中国からチベットまでヤクと共に登ったような岩の斜面が現れる。―――いや、あれよりマシか。あれは階段だったもんな
登り坂ではラクダに載せた荷物が後ろに引っ張られ、そのたびに腹帯が締め付けられるようで、苦しそうに「ブフーッ」と鼻を鳴らしている。
がんばれがんばれとラクダを鼓舞しながら急な坂を登っていくと、護衛たちから「ラクダが限界だから降りて引いてくれ」と指示がある。
4人はラクダを降りて手綱を持って急な岩の斜面を登る。
白井たちは忘れもしないカチカチうんこパーティとなってここより急な岩壁を登攀した経験があるため「あれに比べれば(糞の心配もないし)」と余裕があったが、登攀経験がなく身体も成長しきっていない赤坂は隊列に付いていくのがやっとで、だんだんと遅れ始めていた。
我が主の限界を悟った護衛たちは、斜面に突き出た棚で休憩を入れると言った。




