第46話 ねえ、部族の抗争ってどうおもう?
ジャウフからの出発も日の出前。相変わらずビビリ散らかす護衛たちにそっと起こされ身支度を整える。ラクダに騎乗する前「我が主」に護衛たちからの宣誓があったが、この日の我が主は白井ではなく、邪眼王アカサカであった。信仰の対象ぐらい大人気。半年後には素焼きのアカサカ人形とかアカサカ饅頭とか売られそうな勢い。
そんな邪眼王一行がジャウフを出発して少し進むと、割と勾配のある下り坂になる。
ラクダは相変わらず下り坂が苦手なようでチョコチョコと小さな歩幅で降りていく。青山の「おー、よしよし無理しなくていいよ」という励ましがなんだかラクダの可愛らしさを増幅させている気がする。
やがて谷底が見え始めると地面は砂岩の段丘になり、ラクダはより一層慎重に、自然に侵食された階段を降りていく。しばらく降りて行った途中の岩棚でこの日のロングシエスタになる。迫り出した崖下の日陰に座るとひんやりして気持ちがいい。
やたらと愛想のいい護衛たちからデーツと茶色のナンを貰って食べる。
早く涼しくならないかなあと寝転がりながら対岸の段丘を眺めていると、少し離れたところに異様なものを白井は見つける。
岩棚の日陰を移動してその異物の正面の方へ近づいてみると、岩なのか直立する石柱のようなものに木の幹がYの字状に挿してあり、頂点にはジャウフの街で見たナツメヤシの枝というか葉っぱが扇を広げるように生えている。
段丘の上に聳える謎のオブジェに白井はどこかで見覚えがあると思ったのだが、それがなんなのか思い出せないまま、みんなのところに戻って昼寝を始めた。
この日も陽が傾き始めた頃に移動を再開し、谷底へ降りていく。底まで降り切ると風が止み、少しムッとした空気に変わる。元々川だったからか地面は泥っぽく、多少の灌木がちらほら生えている。―――またグールが出そうだなあ…
白井が胸焼けに近い嫌な感じを覚えたとき、緑川からの進言があった。
「おそらくですが、この辺りは二大勢力となっている部族間の衝突があります。もし遭遇したら白井さんが通行許可を取ってください。彼らは第三勢力なので交渉するにも真珠が必要になってしまいます」
「え?僕が言えば通してくれるんですか?召喚者とかドラゴンを出せばいいんです?」
「いえいえ、しっかりした政治体制を持たない者にそれは通用しないと、これまでの旅でわかりました。国ではなく部族が支配するこういった地域では知りもしないでしょう」
そう言って緑川は白井に二大勢力の攻略方法を伝授した。
ほどなくして、遠くからターン!という太鼓のような音が聞こえ始める。進路の先で鳴っているようで音の間隔は長いが一回ごとに大きくなってくる。それと共に硫黄のような臭いを若干感じられるようになる。
「もしかして、この先に温泉があるんですか!」と色めき立つ青山に「火薬です」と緑川は警戒しながら言う。直後、ダーン!という銃声が聞こえ、砂漠の温泉は幻となった。そればかりか懸念していた部族間の抗争の現場に出くわしてしまう。
ざっと見て20対20。どちらもラクダを駆って砂埃を巻き上げながらぐるぐる回りながら火縄銃を撃ち合い長槍を突き合っている。
護衛たちに「ここを通る交渉はできますか?」と尋ねると「邪眼王でも真珠は何粒か必要になるだろう」と険しい表情を浮かべている。
「どういうタイミングで話し掛ければいいんですか?」と白井が問うと「え、貴方が交渉するのですか?話し掛けるタイミングは銃声が止んだ頃を見計らってですが…」と護衛たちは困惑している。―――あんなに威張ってたのに頼りにならねえじゃねえか。
そもそも火縄銃に連射性能は皆無で、一発撃ってから次弾の発射まで相当な時間がある。なので銃声直後に声を掛ければいいだろうと白井は考えた。そしてダーン!
「すみませーん、ちょっといいですかー」
戦場から少し離れた場所から荒ぶる戦闘意欲を削ぎ落す間抜けな声が響き、双方ともラクダの脚を止めて声の主の方を見る。
「こんにちはー。えーと、お話ちょっといいですかー」
「なんだテメエは!さっきからよお!」「用件をさっさと言え!ブッ殺すぞ!」
―――殺気立ってんなー。もうちょい落ち着けよ。
「じゃあ、いまからそっち行きますねー」そう言って白井は怒鳴って来た二人の元へラクダを進ませる。その後ろを耳打ち要員として緑川が続く。白井の護衛として青山が続くと、おいてけぼりは嫌だと邪眼王も続く。結局4人で交渉に向かう。
「あ、はじめまして。僕、召喚者の白井です。ご存じです?召喚者?」
「はあ?召喚者?知らねえよ!殺すぞテメエ!」
「ぐちゃぐちゃ言ってねえで用件を言え!ここを通りたきゃ金を払うこった!」
力いっぱい凄む二人を、思った通りの脳筋だから御し易いなと白井は安心した。
緑川からの耳打ちは政治の話だったので余裕ぶっこいていないと通用しない。
彼はめいっぱい事情通かつ陰の権力者として振舞うことに決めていたのだ。
後にその交渉術は赤坂の未分化な自我を刺激し「僕もあれやりたかった」と言わせしめたものだった。




