第42話 ねえ、初見殺し系ってどうおもう?
グライン出発の朝、日の出前に若者たちが迎えに来て部族長の家に荷物を持って向かうと、人数分の鞍のついたラクダが用意され、護衛兼ガイドが2名待っていた。
若者たちが荷物をラクダに積んでいる間、契約の儀式が行われる。
ラージプートの戦士たちのようにアヘンを飲めというようなことはなく、真鍮の手鍋に入ったコーヒーが小さなカップに注がれる。―――カフヴェじゃん。
本来、赤坂が飲むべきなのではと思いつつも「我が主」となる以上、護衛たちと意思疎通ができないとまずいため白井が飲む。チンチンすぎて舌を火傷しながらどうにか飲み干すとお替りが注がれる。え?と思い緑川を見ると「3杯です」と言う。
もういっそ殺してくれ!と思いながら3杯を飲み干し器を返すと護衛が白井の前に進み出て、肩に手を置き宣誓をする。
「この者は我らバニー・ウトゥブのラフィークである。この者に触れる者は、我が部族の血を流すものと心得よ」
こうして白井はインドに続きクウェートでも「我が主」となった。
一行はラクダに乗り、朝日を背に受け再び砂漠の旅へ。
出発して割とすぐに湿った塩地から乾燥した砂漠地帯に入る。歩ける時間帯のうちに先へ進むべくラクダをある程度急がせている雰囲気がある。
しばらく進むと砂丘なのか上り坂になる。ラクダたちの動きは鈍くなるが止まることなく進み続け、登り切ったあたりで休憩となる。
緑川の解説では、ディブディバ高原の東端だということだ。見た目は岩の丘。
四人に護衛から食事が渡される。喉が焼けるほど甘いプルーンのような果物と、味のない茶色のナンみたいなもの。それを革袋に入った冷たさの残る水で流し込む。
食事を摂っている間に護衛が天幕を設置して日陰を作ってくれる。少し早い気もするがこのタイミングで砂漠の旅で必須のロングシエスタが始まる。
太陽が少し傾き始めた頃に再出発し、しばらく進むと岩がごろごろしている谷のような場所に差し掛かる。すると護衛たちが「神に守護を求めます」と念仏を唱えている。
白井が今のはなにか尋ねると「この枯れた川にはグール(食人鬼)が出るとされている」と言う。―――まじか!
「緑川さん!この辺りにグールが出るらしいです!カ〇キくんのあれですか?」
「あはは、伝承のグールはアニメとは違いますよ。もっとも、洞窟に連れ込んで食べるために絶世の美女の姿で誘惑してきますから、やり口は同じですかね。ただ、本来の姿は毛深くて赤い目をした悪霊ですから、そこはアニメの方が格好いいですかね」
緑川からの呑気な解説を聞いている白井の真後ろで、何かを察して牙を剥き出しにしたメスポメラニアンが革の鞭を用意し小さく唸り声を発していた。
臨戦態勢に入った青山を見た赤坂は、前日にグラインの街で買った弓矢を構えようとしたが、未経験者かつ揺れるラクダの鞍上のため矢をつがえることができずにいた。
そしてそれは現れる。岩陰からふらふらと綺麗な布を巻いた色白の美女が。
白井は、既視感があるなと思った。
緑川は、既視感があるなと思った。
赤坂は、すごい美人だなと思った。
青山は、白井の隣に躍り出るや唸り声を上げて革鞭を美女に向かって叩きつける。
間髪躱した美女は倒れ込みながら「い、いきなりなんですの!」と困惑しながら怒っていたが、足元の布がはだけて爪先を白日の元に晒していた。それは蹄だった。
またしても青山の一撃で隠した爪先から正体が露見する悪霊。―――既視感しかない。
「間違いありません!グールです!皆さん警戒してください。奴は怪力です!」
どうせまた言葉で撃退できるだろうと踏んでいた白井も、緑川の激で我に返り腰刀の柄に手を掛ける。青山は頭上で鞭を回しヒュンヒュンと風切音を立てている。赤坂は矢がつがえられなくて泣きそうになっている。緑川は槍を構える。
白井が護衛に目をやると、誇り高き戦士たちも抜刀して構えてはいるが、足が竦んでいる様子。アテになるのかならないのか微妙な様子。
正体を見破られたグールは本来の姿になる。全身が毛深く、露出している肌はぼろぼろで髪は千々に乱れ、真っ赤な目をして中腰で低い唸り声を発している。
ラクダの上からでは腰刀が届かないので白井がラクダから降りようとしたときグールが猛然と突進してきてラクダごと吹き飛ばした。ラクダは2mほど後方に吹き飛んだが白井はダルマ落としの要領で真下に落下、しこたま尻もちをついて悶絶している。
そこへグールが飛び掛かって馬乗りになり、白井の首に手をかけようとすると、青山の鞭が唸りグールの背中を打ち付けた。「ギャッ」と短い悲鳴を上げてグールが怯んだ瞬間、緑川の槍がグールの左胸を背中から貫く。―――ナイス連携!助かった!
グールはよろけて脇に倒れ、白井の身体は自由になる。
「オ、オネガイダ… クルシイ… トドメヲ… トドメヲサシテクレ…」
苦しむグールは白井にトドメを刺すよう懇願する。
何かに気付いた緑川と護衛たちが「だめだ!」と叫ぶが「武士の情けだ」と格好をつけた白井の刃がグールの首に振り下ろされる。
手応えはあったように白井は思ったが、グールの首と胴体は繋がったまま。
それどころかピンピンしていて緑川の槍をズブリと引き抜いて足元に捨てた。
―――え?なにどういうこと?




