第38話 ねえ、容赦がないってどうおもう?
バンダレ・アッバースの商館の使用人が恐れ慄く「アカサカ」の名前。
豪奢なロビーで応対を待ちながらその理由について予想と答え合わせ。
「知り合い?にしては慌てていたけど」と白井。
「でも赤坂くんはインドまでしか来てないよね?」と青山。
「彼の投資先ではないですか?」と自信ありげな緑川。
「ええ。インディゴの為替取引でかなり貸しがあります」と自慢げな赤坂。
聞けばバヤールでインディゴの取引をする商人たちに資産の半分ほどを投資していたらしい。現地インドの商人から果てはイギリスやフランス人まで。
「あちこちに恩を売っておけばどこへでも行けると思って」と赤坂は言う。
―――この子…! なんて恐ろしい子!
少しして奥からギトギトの中東のおっさんが出てきて「オオー、アカサカー」と赤坂の両手を握って頭を下げている。―――彼がホセインの旦那か。
アーガー・ギトギト・ホセインが使用人たちに指示を出して中庭に面した個室にそれぞれ案内してもらう。
とてつもなく豪華な部屋で、絨毯とか何層にも敷かれている。壁は塗り壁に幾何学模様が彫られているし、刺繍入りのクッションだとか、ニッチの調度品とか、今までに見たことのない金満な部屋だった。
一番凄いのが天井に開けられた穴からヒュゥーという小さな風切音と共に湿った涼しい風が吹いて来る。そんな快適な部屋でごろごろしているとドアがノックされる。訪ねて来たのは赤坂だった。
ホセインに談話室に呼ばれているから付いてきて欲しいとのこと。だったら全員で行こうと白井が言って使用人に青山と緑川も呼んでもらい4人で談話室に向かう。
談話室もこれまた豪奢で、窓のステンドグラスや、壁にはモザイク張りの鏡が飾られ、とにかくキラキラしている。
部屋に上がる前に使用人に靴を脱ぐよう言われ、脱いで絨毯を踏むとめちゃめちゃふかふかだった。壁際に案内され、マットレスみたいなものの上に座る。
「すごいフカフカ。なんだか部屋全部がソファみたい」と青山が感心していると「ソファの語源のスッファという部屋がこういう部屋なので、その直感は正しいですね」と緑川が褒めていた。
4人で並んで座っているとホセインが入室と同時に4人いることに気付いてバツの悪そうな顔を一瞬だけする。すぐにギトギトの笑顔になって近くに来ると、正面に正座した。―――この絵面、京都で帝に会ったときに似てるな。あの時と逆だけど。
「アカサカ氏、利息の支払い期日の件ですが」とホセインが言いかけたとき、「白井さん通訳してもらえますか?」と彼の言葉を制して赤坂が白井に言う。「わかったよ」と言って白井が「あなたの言葉を僕が彼に伝えます。いいですね?」とホセインに確認すると「はい。構いません」とホセインは少し諦めたような顔で承知した。
ホセインの話は、きょうの宿泊は最大限にもてなすし明日からの行き先でも便宜を図らせてもらうから、今回の返済は待って欲しいという話だった。
白井が赤坂にその話を伝えると彼は少し考えてから、こう伝えて欲しいと言った。
「次にいつこの街に来るかわからない。一瞥払いとした契約だから猶予は与えられない。その代わり、今夜の宿代は相場に合わせてきっちり返済額の中から引いていい。あと、銀が足りないのならインディゴか別の価値のあるものとしていい」
白井がそう言うとホセインは額の汗を拭って「寛大な心遣いに感謝します。それでは返済額を計算したものを後ほどお持ちします。ところで皆さまは今後はどちらへ?」と言う。白井が赤坂に通訳し、緑川に行き先を伝えても大丈夫なのか確認すると問題ないとのことだったので「グラインです」と言うと、ホセインの顔がパッと明るくなり「では、グラインで真珠を用意させましょう。証文を書きますので」と言って赤坂の手を取って、まるで王様に忠誠を誓う騎士のように頭を下げた。
ホセインが去ると使用人がやってきてコーヒーかお茶か尋ねてきたので、赤坂以外は「コーヒーあるんだ!」と喜んでコーヒーを頼み、赤坂はお茶にした。
シナモン香りがする真っ黒でドロドロの液体が使用人の手で目の前に置かれた三人は、嫌な予感しかしなかった。ドリップしていないことぐらい察知していたが、見た目からしてソレは三人が知るコーヒーではなかった。
赤坂の前に置かれたお茶とて同じで、茶色ががって濁った枯れ草の汁だった。
おそるおそるカップに口をつける白井、青山、緑川。
「熱っ!」「苦っ!」「重っ!」語彙力を奪われたレポートを発し顔をしかめる三人。
赤坂も恐る恐る一口啜ると、べえーっと舌を出した後、静かにカップを置いた。
これはもう無理…と最初は思った三人だったが、存外クセになるようで、赤坂の交渉術を褒めたりしながらなんだかんだ時間をかけて規定量を飲み干していた。
夕食もこの商館で振舞われ、サフランライスに羊肉と干しブドウが入ったピラフのようなものを4人は気に入った。食後に4人がリクエストしてカフヴェ(コーヒー)とシャーイ(お茶)を堪能した。ちなみに、翌朝もおねだりするほど好きになっていた。




