第37話 ねえ、肯定が否定ってどうおもう?
腕を組み密着してくる青山と夜のジャースクをのんびり歩きながら白井は、このままではいけないと意を決して、彼女に伝えておかなければならない話をすることに。
港の近く、日中の木陰を作る大きな木の下のベンチに座り白井は腕を解く。
「あのさ、青山さん。聞いておいて欲しい話があるんだけど、いいかな?」
「はい!死ねって言われても平気ですよ!ばっちこーい!」
「いやいや、そうじゃなくて」白井は苦笑いを浮かべた後、真剣な面持ちで自身のトラウマについて簡単に、おおまかに端折って、青山に聞かせた。
できることなら話したくない内容だったので、ぽつりぽつりと、ゆっくり時間をかけて説明した。青山は話を遮ることなく黙って白井の目を見つめて聞いていた。
そして。
「はい!だろうなって思ってました!でもそれはわたしが白井さんとイチャイチャしない理由にはなりませんよ?わたしが上書きするんです」
白井は本物の超時空要塞強メンタルに衝突して、自分がおかしなことを言っているのかと世界が歪むのを感じた。―――え?あれ?いまの話聞いてたよね?
目を白黒させる白井に青山はさらに強攻型に変形して畳みかける。
「だって、それがあっていまの白井さんがいるんでしょ?そんな白井さんは悪くない。むしろいい。だからその痛みはわたしが癒します!そしたら完璧ですよ!」
白井は青山の言葉が理解できなかった。おそらく誰も彼女の言葉を理解できない。寄り添う宣言はあるにしろ『好意』があるのか判断つかないからだ。
一言でも「好き」だの「愛している」みたいな言葉があれば白井の閉ざされた扉もギギギと油の切れた音を立てて開いたのかもしれないが、何かに侵食されるような心持ちになった白井は「ああ、そう、うん、ありがと」と絞り出した後、押し黙った。
沈黙が続く中、青山は思っていた。惚れろと。早く抱けと。そして忘れろと。
翌朝、4人で港に向かう道すがら「きょうも揺れるんですかね」と白井がこぼすと、緑川が「きょうは移動距離が短いですからグロッキーになる前に上陸できるはずですよ」と力なく笑った。
胸の奥に鉛のような重い恐怖に似た感情を抱きつつ4人は船に乗り込む。
「昨日よりは慣れたはずですよ」と青山は気丈に振舞い皆を鼓舞すると「そうですね、崖の道や魔物みたいに命の心配はいらないですからね」と白井が続いた。
それは白井の中に小さく芽生えた「変わりたい」という気持ちの発露だった。
ダウ船が帆を広げジャースクを出てホルムズ海峡に差し掛かる頃、巨大なガレオン船が近づいてくる。船体の横から黒い砲門がいくつも顔を覗かせて威圧している。
「か、海賊ですか?」と白井が慄くと「ポルトガルの軍艦ですね。臨検でしょうか」と緑川が言う。「これを知っていたから西に行けなかったんだ」と赤坂。
戦艦からボートが降ろされ武装兵が白井たちの船に接舷して、乗り込んできた。
少年ジャンプのマークみたいな帽子を被った軍人が船長にあれこれ詰問している。
船長は書類なんかを見せたり積み荷の箱の蓋を開けたりして説明をしているが、白井たちの荷物については両手を広げ肩を竦めて「知らんけど」とアピールをする。
4人で固まって様子を見ていると、将校らしきジャンプもどきが近づいてきて「あの荷物はお前たちのものか」と尋ねてきたので「そうだ」と白井が返すと、関税をするから中身を見せろと言われ「僕たちは召喚者だけど、ポルトガルはドラゴンに食われたいの?それとも出島の同朋を皆殺しにされたいの?」と白井は思ってもない強い言葉で応対し、自分でも驚いていた。
「おお、貴殿らはマヒノルからの使者であったか。それは大変失礼をした。我が国とマヒノルの友好を害するような真似は決してせぬゆえ。旅の無事を祈っております」
将校は恭しく頭を下げ、他の兵士と共にボートに乗り込み軍艦へ戻って行った。
白井が何を言ったのか3人はよくわからなかったが、将校のビビリ具合からとんでもないハッタリをかましたことだけは感じていた。
緑川は、精霊という名の『情報』が『馴染む』ということ、いや『馴染んだ後』で注意深く自制する必要があるのではないかと思った。
船上での臨検を経てホルムズ港に寄港する。召喚者たちの荷物以外の積み荷にかけられた関税を払うために立ち寄っただけなので、港での滞在時間は少なく、すぐにこの日の目的地であるホルムズ対岸のバンダレ・アッバースへ向かって出航する。
海峡の目と鼻の先であるため、一行がゲロゲロゾンビと化す前に到着することができた。海上での臨検のような出来事も船酔いから彼らを救ってくれていた。
昼より少し前に上陸した召喚者たちはまず宿の確保に向かう。
すると赤坂が「アーガー・ホセインという商人を探してください」と白井に言う。
言われるままに街で聞き込みをして商人の経営する商館に着く。コンシェルジュのような人に白井が話し掛けようするのを赤坂が制し「赤坂だけど」と名乗ると、「オオ…アカサカ…」と言い残して慌てて奥に引っ込んで行った。




