第36話 ねえ、船旅の揺れってどうおもう?
上裸で腰巻だけの船員たちに小舟から荷物を運びこんでもらい、4人も縄梯子で乗船する。甲板には白井たちの荷物だけでなく、木箱がいくつも積まれていた。
昨夜一緒だった船長が手荷物の確認をすると言うと、緑川が「なぜそれが必要なのか訊いてください」と白井に告げ、そのままを白井が船長に尋ねる。
船長は「積載重量を厳重に管理しないと船が沈む」というような説明をし、それを白井が緑川に伝えると「検量は昨日済ませたはずだ」と伝えるように言う。
その拒否っぷりに白井が緑川をじっと見ると、なぜか赤坂が険しい顔をしている。
―――なにか二人で画策しているんだろうな。赤坂くんは密輸の実績もあるし。
白井は船長に「検量は昨日済ませたし、彼の尊厳に関わるから勘弁してやって欲しい。僕も見てはいないけれど、たぶんカーマスートラの類だとおもう」と告げる。
船長はガハハと笑って「あんなものより、港にはいい女がいるぞ」と緑川の背中をばしんと叩いて去って行き、船長の検閲は回避することができた。
「で、何を持ち込んだんですか?」
「いつまでも赤坂くんの財布に頼るわけにもいかないので、ヨーロッパで換金できるものを仕入れたんですよ」
緑川は密輸?をあっさり白状したが、何を持ち込んだのは教えなかった。
ほどなくして船は出航する。桟橋からここまで白井たちを乗せてきた小舟がタグボートのようにロープを繋いで曳航する。ダウ船の船員たちも長い竿で川底を押したり、艪を漕いで狭い河口を抜けていく。
やがて茶色く濁った水が濃い青に変わると、白い三角の帆が張られ、船はぐんっと加速し外海へ滑るように進み出る。
4人の乗るダウ船はアラビア海の強風に押されてぐんぐん加速していく。
「わあー!はやーい!」感嘆の声を上げる青山の隣で「6?いや8ノットぐらいか」と赤坂は船の速度について顎に手をあて呟いている。―――ぽいなあ。中二ぽい。
外海に進み出て少しの間はまともに立っていられたのだが、いかんせん現代っ子の集まりである召喚者パーティーは1時間もしないうちにソンビになった。
それぞれが右舷や左舷からドボドボと撒き餌を海に放流し、しゃがみ込んで呻き声を挙げ、また撒き餌を散らす、を繰り返す。さしもの青山も完全に三半規管がやられ酸っぱい匂いを漂わせるゾンビと化していた。
口をすすごうにも革袋に入った水は変な臭いがして、余計に吐き気が止まらなくなるという完璧な悪循環に陥っていた。全員、胃液も出し尽くすほど空になった。
しばらくして船員からパンやドライフルーツを渡されたが、誰も口にしなかった。
突風にあおられ木造の船体がぎしぎしと軋む音を立てて飛ぶように海上を滑走しているときには、座り込んだまま「たすけて…」と誰もが涙を流していた。
昼を過ぎ、しばらく経ったあたりでこの日の目的地であるジャースクに到着する。
ヨロヨロと船を降りると誰も彼も押し黙ったまま宿まで歩き、赤坂から無言で差し出された金を使ってフジュラという個室を確保する。そして何の約束もせず部屋へ。
夕方過ぎ、ようやく身体に残った揺れが収まり白井が部屋を出ると、階下の大部屋から青山の歌声が聞こえてくる。そろりと階段を降りて様子を覗くと、立って歌う青山を取り囲むように旅人や街の人が座り、黙ってその歌声に耳を傾けている。
白井の姿を見つけた青山は歌い続けながら笑顔で白井に手を振っている。
観客の視線を一身に浴びた白井はものすごく照れくさくなりながら、観客の中に身なりの良い白人が混じっていることに気付く。
―――青山さん回復早いな。彼女の加護、精神じゃなくて肉体じゃないのか。
「あー、楽しかった!白井さんも起きられるようなったんですね!」
「はい。なんとか。船旅舐めてました。で、なんで歌ってたんですか?」
「ああ、なんとなく鼻歌を歌ってたら、あそこの白人さんに声かけられて。たぶんあの人イギリス人だと思ったんでリハブを歌ってあげたらみんな集まってきて」
―――そのチョイス。クセつよすぎる。ビートルズでいいじゃん。
「エイミー・ワインハウスの400年以上後の音楽なのにこの時代でウケるってすごいね。ていうか青山さん英語わかるんですね」
「いや、だって、カモンシングですよ?誰でも通じますよね?あはは」
白井との会話が一拍置かれたとき、例のイギリス人が「ワンモアプリーズ」とせがんできたが青山が「これからこの人とデートなんです」と言って断った。
ぎゅっと青山に腕を組まれ宿の外に出る。「緑川さんたち置いて来て大丈夫ですかね」と青山に尋ねると「この街けっこう英語が通じるし、いざとなればお金で解決できますよ」と、全く心配していない様子に白井もなるほどなと納得した。
いろんな人種が行き交う街を二人で散策し、夕食は港の近くの市場でスパイスの効いた魚のシチューと焼きたてのパンを食べた。空っぽの胃に染み渡る美味しさだった。
―――これも明日、海に吐き捨てることになるのかな…
食事が済んでも青山は宿に戻ろうとせず、もう少し歩きましょうと腕を組んで白井を連れ回した。青山の密着面積やその時間が長くなると、白井の鼓動は次第に早くなったが、それは恋心によるものではなかった。




