第35話 ねえ、ビタミンCってどうおもう?
護衛の任を解いたラージプートの戦士たちがラクダに乗ってアジメールに戻っていくのをみんなで見送り、お互い旅の無事を祈って別れる。
ここから先は船旅になる。「なにか乗船チケット的なものがあるんですか?」という白井の問いに「こんな時代にはないですよ。仲介人と交渉して乗せてもらいます」と緑川が答える。
「ということは?」
「ええ、あなたが交渉役です、聖者様」
港町ではキャラバンサライの付近にダラルと呼ばれる仲介人がいるそうで、印章が彫られた指輪をはめているらしい。
それっぽい人物の手元を注視しながら宿のあたりを歩いてみると、木陰のベンチに座り入れ替わり立ち代わり彼の元へ来る人間を相手にして、帳面になにかを書き込んでいるおじさんを見つけた。右手にはごつい指輪がある。
「あの人ですかね」
「ええ、ダラルだと思います」
緑川に確認した白井が木陰のおじさんに声を掛けると、極めてビジネスライクな対応で船は用意できると言われたが、赤坂から聞いていた費用よりもずっと高額な金額設定だった。彼の財布とて無尽蔵ではないので「検討する」と言ってその場を去る。
「めっちゃ高かったんだけど」と白井が赤坂に報告すると「渡航費用は皆さんとの合流前に調査済みですから予算内で納めてください」と縁なし眼鏡のプロジェクトマネージャーみたいな対応をされた。
ひとまず別の仲介人からも値段を聞くため街を歩いて回ると、茶屋のベンチで水煙草をふかしている恰幅のいい海賊船の船長みたいなおじさんと目が合う。
手元を見ればごつい指輪。なんだか暇そうにしているけど彼も仲介人ぽい。
「あのう。船を手配してくれる人を探しているのですが」
「ほーぅ。船を。どこまで?」
「ホルムズを越えてペルシャ湾からグライン(クウェート)まで。乗り継ぎでも構いません」
「貴様ら4人か?グラインみたいな漁村になんの用だ?」
「ドラゴンを討伐するために大陸を西へ向かっているんです」
白井がそう言うと「むむ!貴様ら召喚者か!」とおじさんは目を見開いてちゃちゃっと船の手配をしてくれた。値段はさっきより四割程度安く、赤坂の予算内だった。
―――召喚者の免罪符ここに極まれり、だな。
交渉が成立すると、おじさんが一声掛け手下たちがわらわらやってくる。検量所まで荷物を運び重量を測る。測り終えたら夕食の頃に船長を紹介するから宿を教えろというので伝え、ひとまず夕食まで自由時間になる。
街の雑貨屋で買い物をするときに、緑川がライチを箱買いしていた。
日が暮れた頃、宿で待っていると仲介人のおじさんが、おじさんと瓜二つな船長を連れてやってくる。船長さんはおじさんの弟さんだそうだ。
慣例なのか船長は白井たち全員と挨拶をして「よろしくな!」と握手をした。
緑川から積み荷の追加をしたい旨を伝えてくれと頼まれた白井が、ライチの入った木箱を2つ追加でお願いすると、現物を確認するというので船長に箱を見せる。
箱を持ち上げ重さを確認した船長に「中身はなんだ」と尋ねられ「ライチです」と白井が答えると、仲介人と船長が驚いた顔をして「やっぱりあの女、召喚者だったんだな」「ああ、間違いない」と笑い合っている。
「あのう、『あの女』って?前に召喚者を乗せたことがあるんですか?」
「ああ、しばらく前にな。ライチを馬鹿みたいに積み込まされて、グラインに着いたら全部置いていきやがった。俺たちに食えって言ってな」
「捨てるのも勿体ないからよ、弟の船の乗組員に食えって食わせたらよ、遠くまで行って帰ってきても赤い斑点が出なくなったし、歯茎も平気になったんだ。そっちの兄さんも潮風の呪いのことを知っていてライムを積むんだろう?」
船長さんと仲介人の話を三人に通訳する。
「壊血病対策ですね。知っていてライチを大量に積み込むってことは科学の加護の可能性が高いですね。その方、女性だったのですね」と緑川。
「一人でどんどん先に行っちゃうなんて。すごい人ですね」と青山。
「ここまで来たということは、ある程度は稼いでいた、ということか…」と赤坂。
『地中海の塔』とチベットで謎の示唆があった科学の加護を持つ人物は、行動力も充分な路銀も持ち合わせている女性のようだった。
グラインから彼女の痕跡を辿れば、地中海や塔が何を指し示しているのかわかるかもしれない。4人は漠然とした旅先に道標を一つ得たようなホッとした気分になった。
その後、仲介人と船長と6人で激辛カレーを食べて口の中がホットした。
翌朝、日の出の少し前に桟橋に向かうと、停泊しているのはボートのような渡し船だけだった。砂が堆積して大型の船は接岸できないそうで、船はもう少し先の河口に停泊していると渡し船の漕ぎ手に教えてもらう。
荷物を全て渡し船に積み込み小舟で河口に出ると、でかいマストが2本聳える「ダウ船」という船が数隻停泊していた。白井たちがチャーターした船は他と比べて綺麗な船だった。―――よかった。あの仲介人は大当たりだったみたいだ。




