閑話1 逆巻く秘密 (白井飛呂人)
[現代ファンタジー]
第1話 女帝との邂逅
大学の講義が終わり、自転車で店に行きユニフォームに着替える。
待ちのお客さんもいないし僕の予約は入っていない。先輩たちと店長は施術中。
受付カウンターに座って予約表兼シフト表を見る。茜さんはこれで上りだ。
店内に小さく流れるヒーリングミュージックに混じって、体勢を変える指示をする声がぼそぼそとカーテン越しに聞こえてくる。
昨夜、課題を遅くまでやっていたせいか、眠くなってきた。まずいなあ。
少しして、カーテンが開けられる音がして「おつかれさまでした」と茜さんのよく通る声が響く。お客さんの会計を済ませて見送ると、施術台を片付けた茜さんがカウンターにやってくる。
「あー、疲れた。いまの人、すげえカッチカチだった」
「そうだったんですね。お疲れさまです」
「他人の肩こりをほぐすために凝ったわたしの肩は誰がほぐしてくれるのかしら」
「あ、じゃあ僕予約入ってないんで、予約入れますか?」
「ばかじゃないの?働いた意味がないじゃない。ちょっとでいいからさ、揉んで?」
そう言って茜さんは強引に僕を椅子から立たせて代わりに座る。
強引だなあと思いながら、僕も以前にやってもらったことがあるから彼女の後ろに立って肩を揉む。髪を巻き上げて露わになったうなじが艶めかしいなと思った。
「君さあ、力加減は同じだけど、左側だけが効くのよねえ。どうしてかしら?」
「さあ。茜さんの右肩になにかいるんじゃないですか。盛り塩でもしときますか」
そんな冗談を言いながらほんの2,3分肩をほぐしたら「もういいわ、ありがと」と言って茜さんが立ち上がってバックルームへ去って行く。
茜さんが上がって少しした頃、全身から圧を放っている中年女性が来店した。
店に入って来るなり「店長さんいるかしら」と言う。見た目ほど高圧的じゃない。
「すみません、店長は施術中で。失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか」
「西園寺よ。すぐできる?」
「え?あっ、マッサージをご希望でしょうか。店長じゃなくても?」
「ええ。あなたでいいわ。できる?」
「はい。すぐに準備しますのでお掛けになってお待ちください。あの当店は初め…」
「何度も来てるわよ。そんなの後でいいからさっさと準備して」
なんだかよくわからなかったけれど、受付は後回しにして施術台に案内する。
勝手知ったるという感じで、カーテンを閉めている間に女性は上着などをパパッと脱いで籠に入れ、施術台に仰向けに寝ていた。
コースを尋ねると全身だという。まずは鎖骨から始めて、デコルテと首、それが済んだたらうつ伏せになってもらい、肩、腕、背中、腰、足と順番にほぐしていく。
背中から腰にかけて、押したときに「あふぅ」とか「うぅう」とか妙な声を出されて少し気持ち悪かった。足の裏のツボを押して終わろうとしたとき「あなた鼠径部忘れない?」と指摘された。
気持ち悪かったから飛ばしたのがバレてた。
「ああ、すみません。急ぎすぎました」と適当なことを言って、女性の尻に親指の付け根を当てぐりぐりと回す。両方やった後、腿の付け根を揉むとまた変な声を…
施術が終わってカーテンを開けると、店長がやってきて「すみませんご対応できず」と謝っていた。すると女性は「いいわよ、この子気に入ったわ。指名替えよ、あはは」と笑って言っている。僕はこういう人、苦手だ。
女性が帰ったあとで店長に訊いたら、彼女はこのビルのオーナーだそうだ。
元々は彼女の旦那さんが所有していたそうだけど、亡くなって相続が済んだら彼女が気に入らない店は追い出すようになったのだとか。そんなビルがこの街にはたくさんあるらしい。
西園寺さんの施術をしてから1月ほど経った頃、店長から親睦会をやると言われる。
バイトも参加して欲しいとお願いされ、面倒だなと思ったけれど茜さんが出席するというので僕も出席することにした。
会場は高そうな割烹だった。座敷の座卓には名前が書かれた札が置いてあって、僕は端から二番目、隣は茜さんだった。
乾杯が済んでも僕の隣の空いた席にはまだ誰も座らない。名札もないけど付き出しやグラスは用意されている。
がやがやと食事をしていると、西園寺さんが座敷に入って来た。
えっ?なんで?と思っていると、僕の隣に座って「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」と空のグラスを僕の方に傾けている。すぐに茜さんにビール瓶を渡されグラスに注ぐ。西園寺さんはそれを一気に呷ると「もー、あの小生意気な美容院。あんまり腹が立ったものだから出てけー!って言ってやったわよ」と鼻で笑った。
そこからはクドクドクドクドとあちこちの店の悪口を聞かされて辛かった。
そろそろ終わりの時間かなと思っていると、西園寺さんが座卓の下で封筒を渡してきた。「え?なんですかこれ?」と尋ねると「10万入ってるわ。この後、泊ってる部屋でマッサージしてちょうだい。終わったらもう10万払うわ」と言った。
僕は良くない予感がしたのだけど、どうしたらいいのかわからず「ちょっ、ちょっとトイレに行ってきます」と言って封筒をそのままにしてトイレに逃げた。
その夜、僕の左手が触れたものの時を逆巻くことを知ることになる。
白井が召喚前に実体験ベースで書いて投稿してぜんぜん読まれていなかった小説です
他のパーティーメンバーが書いていた小説も閑話として挿入されます




