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違世界ダイジェスト  作者: ながずぼん
第5章 西インド~クエート編
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第33話 ねえ、人殺しの命ってどうおもう?

 激走するラクダのコブの上で白井は想像した。おそらく街に着く前に野盗に追いつかれるだろう。牽制に行ったあの護衛は1対多数だから死んでしまうだろうと。

 金を払って契約した護衛が自分たちのために命を落とす?それで生き伸びたとして、よかったね、危なかったねって笑えるかよ!そもそも一人の犠牲で生き延びれるのか?

 やるしかないんじゃないか… 刀なんか振り回したことないけど、異世界だしスキル的なナニカが発動して野盗の連中も倒せるかもし… いや、あっちも人間じゃん!

 無理だろ。倒せたとしても人殺しになる… なんで… どうして人の生き死にに関与しなきゃならないんだ。魔物に襲われる方がよっぽどマシだよ。


 白井の想像の通り、威嚇に回った護衛と野盗とが衝突したようで、ガキンッと剣戟の音が聞こえた。彼はどくんと心臓を跳ねあがらせながらそちらに目をやってみるが暗くてよく見えなかった。時代劇のような甲高い音ではなく、もっと鈍い、人の命を削ぎ落すようなすごく嫌な音を白井は何度か耳にした。

 並走する仲間を見ると、迎撃する気で革の鞭を用意していた青山は、そんな気はすっかり失せたようで不安な目を白井に向けてラクダにしがみついている。

 緑川も、恐怖ともどかしさが入り混じった沈痛な面持ち。赤坂に至っては起こり得る惨劇の気配にぎゅっと目を瞑って何も見ないように、感じないようにしている。

 ―――みんな怖いんだ。人が人を襲うなんて初めてだろうし。


「絶対に振り落とされないように!ここで落ちたら護衛の頑張りが無駄になるから!」


 仲間を鼓舞するつもりで白井は叫ぶが、それは自身に向けた言葉そのものだった。

 せめて早く街にと白井が祈るような気持ちでいると、野盗らしき男たちの野太い声が響く。それは護衛を倒した勝利の雄叫びのようなものではなく、悲鳴に近いような、なにか危険を知らせるような声だった。


 「チュレルだ!逃げろ!」野盗たちがそう言ったのを白井は聞いた。

 ―――チュレル?なんなんだ?

 野盗たちの方を見ると暗くてよく見えないが。一塊となって追走してきた一団がバラバラに解けながら四方に散っていく影が見えた。一騎だけ追走してくるのは護衛だろう。

 ―――よかった、無事だ。誰も死んでいないんだ。


 パーティが安堵したそのとき、護衛の合図でラクダたちは急減速する。

 前につんのめって鞍から落ちそうになったが必死で耐えて転落は免れた。

 どうにか体勢を戻して前方に目を向けると、長い黒髪の女がぽつんと立っている。

 護衛たちはそれぞれ刀を抜いて女に向けて構え「帰れ!」と叫んでいる。

 白井は護衛の一人に「彼女は誰ですか?」と尋ねると「悪霊だ」と短く答える。

 ―――なんだ、また女の悪霊か。びっくりさせやがって。


「ラクダから降ろしてくれ」


「なりません!我が主!貴方には悪霊といえど指一本…」


「そういうのいいから。早く片付けて街に行こう。野盗が戻ってきたら大変だ」


 護衛は白井に何か不思議な力を感じ、彼の言葉を信じてラクダをしゃがませる。


「緑川さん、チュレルってわかります?」


「出産や妊娠中に亡くなった女性の怨霊だと言われています。そこの彼女には月の光でできる影がありませんから、きっとそうなのでしょう。美人だからって誘惑されないように」


 人外の解説をする緑川にしても、野盗の襲撃に比べれば脅威などないといった気楽な声色で白井をからかった。白井は半笑いで「されませんよ」と言ってラクダを降りる。

 近くで見る女の姿は、遠目からでもわかったほどに黒く艶のある長い髪、透き通るような白い肌、そして豪華な刺繍が施された綺麗なサリー、そしてそれらを意識の外へ追いやる異様な目をしていた。目玉を抉り取られたかのように、明かりの下でも眼窩が真っ黒にしか見えなかった。―――あー、こりゃ確かに化け物だ。


「オン・マニ・ペメ・フム」


 白井は女に向かってマニ・マントラを唱える。チベットの羅刹女、シンモを退治したあの念仏である。ところがチュレルと呼ばれる目の前の悪霊は平然としている。

 宗教が違うというより土着信仰が違うので、日本の妖怪にエクソシストが十字架で祈りを捧げているようなものだった。効き目があるはずがない。

 白井は何度かマニ・マントラを唱えてみたが状況は何も変わらなかった。

 それどころか、女はスーっと砂の上を滑るように白井に近付いて来た。

 ―――え?女の悪霊って、あれで退治できるんじゃないの?

 白井が「これやばいかも」と己の無知を自覚したとき、ラクダの鞍上から振り下ろされた牙ポメ顔の青山の鞭がうなり、女の足元をバシンと叩きつけた。

 咄嗟にチュレルが鞭を避けたとき、サリーがふわっと舞い上がり、女の足が露わになる。白井はそれを見逃さなかった。


「お、おまえ、その足!なんだそれ!前後逆じゃん!」


 チュレルの足は膝から下が前後逆になっていた。踵が前、爪先が後ろだった。

 白井に正体を暴かれる言葉を投げられたチュレルは、美麗の女性の姿から本来の悪霊の姿へと変容していく。

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