第28話 ねえ、誘いを断るってどうおもう?
青山が勝手に立ち去った後の謁見の間はさながら小さく演歌の流れる居酒屋。
まるで空振りした合コンの反省会をしているテイの、皇帝、白井、緑川の三名。「女ってさあ」と言わんばかりである。
皇帝はジン退治を理由に召喚者、こと青山を留まらせられないか一計を案じたまでで、本気で国に縛り付けようとは思っていなかった。芸術を愛し保護した皇帝という緑川の認識は正しく、それ以上の要求はして来なかった。
ただ青山の歌を聴きたかったようで、そこはすごく残念だと悲しそうだった。
城塞を出たところで青山は再びヴェールを被って待っていた。
「あれからまだ難癖つけられていたんですか?」と反省会の主役は自身である自覚がない青山に白井は「ダジャレ言い残して逃げるのはもうやめてください」と真顔で注意した。そして緑川から「皇帝はあなたの歌が聞きたかったみたいですよ」と種明かしがある。
権力者から解放され、ひとまず宿に戻り休憩の後に夕食を食べに出る。
昨夜と同じ店に行き、同じ接客を受ける。違ったのは中庭の少し離れたところで別の賓客が食事をしていたことだった。おおよその食事を終えると店主がやってくる。
「申し訳ないが、あなたの歌声が街中の噂になっている。お代はいらないから一曲歌ってもらえないだろうか」そう言って青山に深々と頭を下げた。
白井が店主の言葉を青山に伝えると「そんな大層なものじゃないんだけど…でもご飯代が浮くならひと肌脱ぎますか!」と言って彼女は立上り歌い出した。
日本のポップス。わたしを好きじゃないなら死ねと歌っている。
その場にいた全員が彼女の歌声に聞き惚れ、歌い終わると盛大な拍手が沸き起こる。誰も歌詞はわからないから。
ひときわ大きな音で手を叩いていたのは、少し離れた場所にいる男、ジャン・レノに似た商人風情の男だった。白井と彼の目が合うと、彼は満足げに笑顔を浮かべた。
チベットの先代ラマから、算術の加護持ちであるアカサカさんがいると言われたバヤーナまで、朝にアーグラを出てインディゴ街道を三人はポニーの背に乗り進む。
ちょうど昼ぐらいに到着し、捜索の前に腹ごしらえと聞き込みをすることに。
例によって身分《カースト外》を明らかにするため「召喚者なんですが」と白井が店の主人に伝えると「それはそれは」と愛想笑いと手揉みでもって中庭に案内される。
焼きたてのロティと野菜のカレーを食べながら「明らかに金持ちだと思われてますよね」と白井が言うと「この店もアカサカさんが散々使ったのかもしれませんね」と緑川。
「どんな人なんですかね。札束で言いなりにさせようとする人だとしたら、わたしちょっと苦手かも」と青山は顔をしかめる。
―――あんた皇帝にだってダジャレかまして平気じゃないか…
会計を済ませ、店内で「アカサカっていう金持ちを知らないか」と白井が聞いて回ってみるも情報は皆無だった。少し不安になったが街は広いしと気を取り直す。
「そういえば『塔』て言ってましたけど、この街に塔はあるんですか?」
「『塔』と言えなくもないものはあります。正確には石柱ですね」
緑川は質問にそう答え、二人を先導してその石柱に向かう。
ポニーで緩やかな坂を登ると、頂上にその『塔』はあった。ビーム・ラットというまさしく石柱だ。ぜんぜん塔じゃない。地面から生えた石の幹だ。
でも、それっぽい4人組が石柱の近くに座って話している。青龍刀のようなものを携えたガタイのいいのが2人。女性が1人。あと中学生?高校生?の男の子。
ポニーを降りて白井が「あのう、アカサカさんて方はいますか?」と集団の背後から声を掛けると彼らは一斉に振り向き、護衛っぽい2人は刀の柄に手を掛け、女は睨みつけ、男の子は目を丸くしてポカンとしている。
一拍の後、男の子が護衛たちを制して「あなた、もしかして日本からの召喚者ですか?」と尋ねてきた。―――え?この子が億万長者の召喚者なの?まじで?
「うん、そうだよ。トラゴン討伐の暁にはゲートで元の世界に帰れるようだから、一緒にどうかなと思って」
「ああ、そういうのいいです。僕、この世界で生きていくんで」
アカサカは白井の提案を即断した。護衛2人は日本語がわからないのか様子を窺っているが、女は会話がわかるようで、なんとも言えない表情で白井とアカサカの顔を交互に見ている。白井はそれに小さな引っ掛かりを覚えた。
遅れてやってきた青山と緑川に「帰りたくないんだって」と白井が伝えると、緑川が「理由を教えてくれないか」とアカサカに尋ねる。
「僕、最初は言葉もわからず一人放り出されてすごく嫌だったけれど、2人の兄弟と恋人ができたし、お金にも困ってないんで、別に帰らなくてもいいんです」
彼は帰るつもりの三人を敗者だと言わんばかりに、帰らない理由を説明した。
三人はアカサカたちに背を向けてヒソヒソ話はじめる。
「なにあれ、すごい嫌な感じなんですけど。勝手にすればって思いました」と青山。
「うん。なんなんですかね、あの特有の感じ。中二病にも程がありますね」と白井。
「そうはいっても、路銀が尽きかけてきてますし。彼ら丸ごと仲間に…」と緑川。
「聞こえてますよ!金目当てなんじゃないですか!最低の大人たちですね!」
聞き耳を立てていたアカサカは物凄く嫌そうな顔で叫んだ。
ぜんぜん内緒話になっていなかった。




