第24話 ねえ、標高の限界ってどうおもう?
タトパニでの昼食はそば粉をお湯で練り上げたディドと、豆のスープであるダル、それからタルカリという野菜の炒め煮だった。スパイスとして黒胡椒が使われており、これまでの非常食の延長線上のような食べ物から各段に食事らしくなっていた。
昼食を済ませたら、緑川の予告通り「天国」へと向かう。
どうどうと川のような音のする方へ行くと、石を積んだ囲いの中に崖の上から竹の樋で水を流し込んでいる。が、その水から湯気が立ち上っているのである。
「お、お、温泉?」
青山はあまりの驚きように、声が裏返っている。
―――いやいや、あなた、臭いで察しがついていたでしょうよ。
「はい。湯船はありませんがれっきとした温泉です。湯だまりに浸かってもいいし、あれを打たせ湯のように浴びてもいいですよ」
緑川は青山が喜んでくれたことが嬉しい様子だったがすぐに険しい声色になり、入浴中は無防備になるから順番に入って荷物の番をする必要がある、と警告した。
また、湯冷めがやばいから上がったらすぐに拭いて着替える必要があるとも。
最初に青山が入ることになり男性陣が見張り役になる。
当然、脱衣所のようなものはないので岩陰で薄着になった青山が温泉に入る。
「あー」とか「ふー」とか彼女の気持ちよさそうな声を岩越しに聞きながら、順番待ちをする二人。「混浴なので行ってもいいんですよ?」と緑川にそそのかされたが白井は「それ、おじアタックですよね」と笑って突撃は控えた。
青山が温泉から出てくると次は緑川が入る。
「どうでした?」と白井が感想を訊くと「最高でした!これでシャンプーがあればもっと最高だったんですけどね」と青山は濡れた髪を布でぽんぽんと乾かしていた。
やがて白井の順番が来る。本来は腰巻などを付けて入るものだが緑川から説明がなかったので素っ裸になり温泉へ。最初は打たせ湯を頭から浴び、その後、湯だまりに浸かる。浸かるといっても肩までではなく腰の少し上のあたりまで。
浸かっていても上半身は寒いので再びシャワーを浴びるように打たせ湯で温まってから温泉を出る。濡れた身体に風が当たると非常に寒く急いで着替えて二人の元へ。
「最高でしたねえ。確かに天国でした」とご満悦で三人は出発の準備をし、南の門から外に出ようとしたとき、深い皺の遊牧民ぽい男に声を掛けられる。
「おまえさんたち、どこに向かう気だ?」
「ムガル帝国ですが」
「ヤクでか?」
「はい。ヤクで」
白井がそう返事をすると男は顔をしかめ「やめときな」と言った。
なぜかと尋ねると、ヤクはこれ以上標高が低い場所に行くと肺から血を流して死んでしまうという。そもそもこの街ですら限界ギリギリなのだそうだ。
二人にその話をすると緑川は「やはりそうですか」と心当たりがあるようだった。
確かにスロープを降りきる頃からブッフォンの息は荒く、しかも少しぐったりした様子だった。さっき出発したときもなかなか動こうとしなかったし。
青山は絶句した後、モーロンの首を寂しそうな顔で撫でている。
三人は誰かが言い出すのをそれぞれが待った。やはり名前を付けると別れ難い。
「おじさん、ヤクとポニーと交換してよ」
ようやく口を開いたのは白井だった。
皺の男がブローカーであり、ヒマラヤ行きのヤクとネパール行きのポニーの交換をしていると察してそう声を掛けていた。加護が馴染んだのか単なる勘なのか。
白井の提案に緑川も青山も異を唱えることはなく、黙って白井に従った。
皺の男は笑みを浮かべて「話が早くて助かるぜ」と言ってヤクの厩舎へ案内した。
そこでモーロン、ヤク太郎、ブッフォンとそれぞれお別れをする。
それぞれがカンティン(康定)からの過酷な旅を思い出して感傷に浸ろうとしたが、真っ先に思い出したのがカチカチうんこの惨劇だったためムカムカした。
それでも三人はヤクの首筋を撫でて旅を労いお別れをした。
ポニーの厩舎へ案内してもらい三頭を譲ってもらう。皺の男に幾ら払えばいいのか白井が尋ねると、ここではヤクの方が価値が高く本来なら男側がいくらか金を渡すことになるが、手数料と鞍代でチャラにしないかと提案される。
その話を緑川にすると「悪くない取引だと思います」とのことだったので皺の男の提案を飲んで、鞍付きのポニー三頭が新しい旅の仲間となった。
「よろしくね、ドンキー!」三代目ドンキーに青山は少し遠慮がちにそう言った。
―――やっぱりドンキーなんだ。
またどこかで乗り換えることを思って白井が名付けを躊躇していると緑川が「よろしくな、ポニ太郎」と一秒も考えていない名前を付けていた。
白井はかっこいい名前をつけてやりたかったが思い浮かばなかったので諦めて「じゃあお前はサムワイズだ。頼むぞサム」と命名した。
一行は新しい相棒であるポニーに跨り、街を出て南のマッラ朝の関所に差し掛かる。
旅人や商人から役人が通行税を徴収していたが白井の「召喚者だけど」の一言でフリーパスだった。―――ドラゴン討伐を放棄されたらたまんないってことか?
関所を無事に通過し、緩やかな川沿いの道を今度は上っていく。
標高は少し上がったがポニーたちは元気良く駆けてゆく。出発は少し遅れたがポニーの脚のおかげでドゥリケルの街に着いたのは、日が暮れる間際だった。




