閑話3 不死鳥の御紋 (緑川修二)
[歴史・時代][BL]
第一話 はじまりの敗北
永禄の頃、常陸国、筑波山中にて貧しい農民の出で立ちで落ち葉を被り息を潜め、地に伏している一人の男の姿があった。
とても殿様には見えないが、そんな彼のことを家臣も領民も武将も、山の獣も愛した。
後に不死鳥とも呼ばれる『戦国最弱』の男、小田氏治その人である。
◆◆◆
天文17年、常盤国小田城主として家督を継いだ小田氏治は若干14歳。
そんな幼い城主に対し、下総の結城城主、結城政勝は常盤国において真壁城主を寝返らせ、下妻城主を降伏させるなどして、氏治包囲網を進めていく。
7年後の弘治元年、21歳となった氏治は同じく常盤国、太田城主である佐竹義昭と共に、下総の結城政勝に向けて出兵することとなる。
「佐竹のあんちゃなー、前っがら下総の結城っつーのが、だいぶ調子こいっちってっぺよ。なんだっぺなぁ、あいつらぁ」
「ああ、んだな。相模の北条が後ろ盾になってっからっつって、あんまり調子こいてんのは、おもしろぐねぇな。許せねぇっぺよ。やっぺよ!」
《おごってっ氏治も、おがしげで可愛えな。あんなにムキになっちって。ここは氏治のために一肌脱いでよぉ、結城やっつけだあかつぎにぁ、氏治にも脱いでもらってよ……むふ……むふふ♡》
この軍略会議の途中から、氏治は尻にむず痒さを感じていた。
ところが結城の元へ北条から強力な援軍が送られ、海老ケ島城の戦いで氏治は敗れ、海老ケ島城どころか居城である小田城まで奪われてしまう。帰る場所を失った氏治は土浦城に身を寄せ、最初の捲土重来を期することとなる。
常磐進出を目論む北条氏康は、既に落ち延びた氏治はさておき北部で睨みを効かせる佐竹義昭を叩くため、氏治に甘言を使い和解する。
「なあ氏治くん、結城のやつ、病気でもうヤバいべ。長くねーべ。だからさ、あいつの代わりに君を常陸の恋人にしちゃおーかなー、なんて思ってんだけど。どーよ? 城、戻りてーんだろ?」
「そもじもよ、おめーが結城と結託して、オラを追い出したんだっぺよ。今さらナンだっぺ。オラがおめーの恋人になったりしたらよ、佐竹のあんちゃん、怒って黙っちゃいねーべよ」
北条氏康は揺れる氏治の心情を察して、とある解決策を授ける。
佐竹は戦略上邪魔ではあったが、彼と氏治の関係を無理やりに引き裂けば和解はないと思ったからだ。だがそれは北条氏康にとって嫉妬の業火で身を焼かれる差配であった。
《まー、ネトラレみてーなもんだべ。氏治くんが女抱いてっとこ想像しただけでよぉ、枯れ木に満開の花ぁ咲くっつーもんだべよ》
この和平会談の途中から、氏治は下腹部にむず痒さを感じていた。
城に戻りたかった氏治は北条と和解し、後ろ盾を失った結城を蹴散らし小田城奪還に成功する。その後、北条のサジェスト通り、佐竹氏に属する江戸忠通の娘を娶って体裁を整える。佐竹も「ネトラレみたいなもの」としてこれを喜んだ。
◆◆◆
越後の上杉謙信が北条氏康討伐に来るというビッグニュースが氏治の元に舞い込む。北条と佐竹との三角関係に板挟みとなっていた氏治は『越後の上杉』という抗い難いブランドを理由に、一度は捨てられたはずなのに性懲りもなく北条と結んでいた結城を、佐竹の兄貴と共に完膚なきまで叩く。
北条への裏切り行為ではあったものの、氏治は難癖を付ける仮想敵に対して『んだらよぉ、おめーが上杉倒してみっといいっぺよ。できんのけ?』という言い訳を胸に秘めていたので罪悪感などこれっぽっちも持たなかった。我が城を守るためでもある。
さらに翌年、直々に参戦してきた上杉謙信の軍勢に氏治も参陣し、北条氏康の本拠地である小田原城を攻めた。しかし陥落には至らず謙信は「コシヒカリが恋しい」と言い残し越後へ戻ってしまった。
これに驚いた氏治は『越後の虎だぁ? んだなこと言っちってよぉ、こっちにぁ筑波の不死鳥がいんだっぺよ。小田原の白蛇の方が、ちょろくて扱げえ易いんじゃねーのけ?』と盛大な勘違いをしてしまう。
上杉総長を舐めていた氏治は、永遠のパイセン佐竹義昭と懇意にしていた常盤国中部の府中城主である大掾貞国に対し「なんなんおまえ?」という嫉妬にも似た激情でもって、上杉総長に呼ばれてのこのこ出掛けてしまったパイセン不在の最中に、大掾をシメてしまう。これがパイセンとの間に不協和音を生み、氏治の立場を悪くする。
後戻りのできなくなった氏治は上杉傘下の北関東連合から、相模卍會の北条に鞍替えをすると決め、下野の那須資胤や結城晴朝と共に北条ボーイズの一員となる。
かつて城を追われ辛酸を舐める羽目になった元凶である氏治に対し、晴朝は《過去の遺恨ぁ残したって、しゃーねーだぁ。今は北条さんに面倒みてもらってっ仲間としてよぉ、共に尽くせばいいっぺよ。それにしても、あいつ同じ歳だっつーのに肌ぁ綺麗えだなぁ》と氏治のうなじを眺めて舌なめずりをした。
この会談の途中から、氏治はうなじにヌメっとした冷たい感触を覚えていた。
その後、裏切りを知った佐竹パイセンが謙信総長にこれをチクり、総長直々に疾風の如き速さで小田城に攻め込まれ、氏治は逃げ延びて2度目の捲土重来モードとなる。
これは緑川さんが召喚前に書いていた小説です。




