第14話 ねえ、滑車で渡河ってどうおもう?
朝、出発前に青山から杖を渡される。早起きしてぶらぶらしていたら出発していく旅人たちが皆杖を持っていたから雑貨屋で仕入れて来たそうだ。シゴデキな子。
そして昨日死に物狂いで登って来た崖をきょうは下ることに。馬鹿みたいだ。
先頭は緑川。足元の先の石段に杖を突きそれを頼りに何段か降りる。四川馬が恐る恐る飛び降りるのを待つ。着地したとき蹄でブレーキをかけているのかキンッ!ガガッ…と甲高い金属音と石が削れる音がする。そうしてゆっくりと石段を下りてゆく。
最下部の地面は遥か下にあり正直よく見えない。下る途中で濃い霧に包まれたら本当に身動きができなくなりそうだ。
杖を持つ手に徐々に力が入らなくなってくるし、膝が痛い。股関節も変な感じ。
だが白井よりマーボーの方が辛そうである。制動するために脚に相当な負担がかかっているようで、降りようとしても動かないときが多々ある。
足の下からは「がんばれー」とか「いいよいいよー」とドンキーを励ます青山の声が聞こえる。言葉は通じないかもしれなけれど、気持ちは伝わるかもしれない。
「置いてきぼりになるのは嫌だろ?行こうかマーボー」白井がマーボーの鼻を撫でながらそう言うとマーボーは「ンブフーッ」と荒い鼻息を吐き出すものの微動だにしなかった。―――お、お、おまええええ!!!
途中、濃い霧に包まれて何も見えなくて動けなくなったり、ターンの踊り場に永住するのかな?というぐらいマーボーが動かない場面があったが、先に行った二人から随分遅れて白井は久しぶりに広い地面を踏みしめることができた。
「遅くなってすみません」と二人に声を掛けると緑川が「慌てなくて大丈夫ですよ。この先もまだ長いですから」と気にしていなかった。
少しの休憩を挟んで、ゆるやかな下り坂を馬の背に揺られ三人で進む。まだ昼には少し早かったので村を通過する。ゴーッという飛行機が飛んでいるような轟音がどこからともなく聞こえて来て不安な気持ちになる。―――これなんの音なんだろう…
村を出て数百メートル行った先で意表を突かれる。そこは谷間の上空、張り出した岩場のテラスで数頭の小型馬たちが殺気立ちながら待機している。
こちらの岩壁と向こうの岩壁に太い革紐を編んだ綱のようなものが渡してあり、木製のブーメランのような器具を紐に引っ掛けて向こう側に渡る。古のジップライン乗り場だった。
ゴーッという恐ろしい音は崖下の川の音。落ちればまず助からないだろう。
順番待ちをしながら様子を見ていると、人間はブーメラン(滑車)とブランコみたなものが合体したものに跨り、ブーメランを谷間に渡した綱に引っ掛けてシューッと川を渡る。向こう岸では毛布を持った係員がエアバック代りに受け止める。
それを見て「わあー、すごいすごい!遊園地みたい」と青山がはしゃいでいる。
小型馬の場合はもう少し大変で、乗り場の係員が馬に腹帯を巻き付けそれと繋ぐ滑車となるブーメランも3つほど使う。そして馬にはもう一本ブレーキ用の紐を括りつけ、嫌がる馬を崖へ押し出す。
小型馬といえどもそのまま滑り下りれば向こうの崖に衝突して死んでしまうので、出発地点の係員が数人がかりで紐を引きスピードを殺す。
―――あれを並んでいる馬の分だけ待つわけか。かなり待たされるな…
「おい、起きろ!」
白井は小型馬が向こう岸へ送られているのを眺めているうちに眠ってしまっていた。 緑川も青山も寝ている。係員に起こされた白井が二人を起こす。
一番手は鋭く立候補した青山が行く。「いってきまーす!」と縄に跨り「キャーッ」と叫び声を上げながら向こう岸へ。続いて緑川。「じゃ」と言って向こう岸へ。
最後に白井。縄は丈夫そうだが如何せんバランスを取るのが見ているより難しい。とにかく両手で縄をぎゅっと掴んで崖へ飛びだ… ドンと背中を押された。
川を渡るのは一瞬だったがまさか押されると思っていなかった。
後で緑川に聞いたら背中を押すのは仕様だった。彼も押されたらしい。青山は押される前に飛び出したと自慢げだった。―――なんか悔しい…
ジップラインで川を渡り、それぞれの小型馬が渡るのを待って再出発をする。
少し行った先の村で簡単な昼食を取り、渋滞の遅れを取り戻すべくさほど休憩も取らずに出発する。
さっき渡った大きめの川の支流に沿ってゆるやかな上り坂を行くと、道の代わりに見たことのある桟道が現れる。ウッホ族に出会ったあの道。だがこちらの桟道はもっと幅が狭い。間違いなくすれ違い困難な感じ。
「じゃあ皆さん絶対に落ちないように」と緑川が声を掛けて先頭で進む。続いて青山、白井の順に崖テラスへ歩を進める。
三頭の小型馬たちは寡黙に歩き続け、この日、二度目の地獄の入口に辿り着く。
登るのだ。崖に穿たれた石段の九十九折を。それは昨日登って来た石段よりも幅が狭く、段の高さや踏む場所の奥行がバラバラな石段だったのだ。
―――ちゃんと作ろうよ、せっかく作るんだから…
崖下を見ないように慎重に小型馬の脇へ降りて手綱を握り前に出る。
昨日と同じように緑川がまず登り、続いて青山、殿は白井。
マーボーが足を置きやすい位置になるよう段を調整しながら慎重に登っていく。
頻繁に現れるターンのところで石段をよじ登り、座ることなく延々と登り続ける。
マーボーが足を止めない限り登り続けるが、青山との間隔が開いてしまうことがあった。それでも追い付けているということは緑川も白井と同様に体力の限界が近いのだろう。青山一人だけが元気なのは年齢だけの話ではないのかもしれない。
過酷な石段を登り切る頃、白井は疲労と頭痛でいまにも倒れそうだった。
緑川も顔色が悪くゼエゼエと荒い呼吸を繰り返し、まるでゾンビのような面持ち。
「がんばって、あとちょっと」と鼓舞する青山にしても体力の限界は近かった。
どうにか辿り着いたカンティン(康定)では、最後の気力を振り絞った白井が宿に部屋をとって、それぞれ言葉少なに分かれて休むことに。




