第12話 ねえ、伝承のズレってどうおもう?
メンヤン(綿陽)の街に入る前に城門のところで守備兵の皆さんに迎撃のお礼を言うと「無防備な襲撃態勢を城壁の上から狙えたからだ、よく逃げ延びた」と隊長さんに褒められた。
その後、小型馬の尻のケアをして宿を手配、夕食時は青山からの説教タイム。
「悪い者なら見逃してくれるからパンダを虐めるとか最低ですから!」と牙を剥いたポメラニアンの顔で緑川を詰めた後、「白井さんも同罪ですからね!あ、でもパン投げてくれたのは感謝しています」と通常のポメラニアンに戻る。
翌朝、小型馬に跨る際に嫌がれるのではないかと白井は心配していたが、尻を刺されたことなどすっかり忘れた顔をして彼は白井を乗せた。
一行が出発する頃、霧が立ち込めていたが守備兵が言うには翼虎の姿は確認できていないとのことだった。一抹の不安を抱えつつも門を潜りセイド(成都)に向かう。
しばらくの間、青山が革鞭を、白井が固パンを準備していたが、赤い大地が広がり始めると霧が晴れ、翼虎の憂いも晴れたように二人は武器を仕舞い込んだ。
水路が徐々に増え田園風景が広がると街道の先に城壁が聳えるのが見える。
昼前に中国での最後の拠点、セイドに一行は到着した。そして門番は通した。
チベットへは明日の出発になるため昼食後は情報収集に充てることにした。
三人連れ立って街での聞き込み。緑川から、ドラゴン、精霊、召喚者、追加で蛟について尋ねるよう白井へ指示があった。
精霊やドラゴンは「昔話に出てきた」だとか「御伽噺の話じゃないの?」と確かな話は聞けなかった。召喚者については収穫ゼロ。
蛟について「この辺りには何百年も前にいたらしいがもう南に行ったはず」と教えてくれた人がいた。それを緑川に伝えると「鯉の滝登りについて尋ねてみてください」と言われ、追加質問をすると「この辺じゃ聞いたことないねえ。食べ物の話かい?」という反応だった。だがその反応こそが緑川の仮説を裏付けるものだったらしく彼は満足した。
宿に入り少し休憩を挟んで夕食前に緑川の部屋に集まり、情報の共有をする。
部屋が少し臭ったので白井は黙って窓を少し開けると青山がサムアップを送る。
気にも留めず緑川は「ドラゴンの正体について話しておきたい」と切り出した。
曰く、中国の伝承で龍に進化するのは2パターンあり、蛟という幼体が東の海に出たところで龍になるパターンと、黄河の登竜門を鯉が滝登りして龍になるパターンなのだそうだ。
蛟は中国全土で語られているはずだが登竜門の伝承がないのだとすれば、この中国にはあちこちの川に蛟が分布していて、それらが成長し南の大海に出たところで龍、つまりドラゴンになるのではないかという仮説だった。
「それって、台湾やインドネシアのあたりにドラゴンがいるってことですか?」
青山がそう質問すると緑川から海に出た後の仮説がある。
「いや、龍になれば空が飛べるはずですから近海にいる必要はないですね。ドラゴンの正体として中国の龍の可能性がある、つまり蛟の強化版と戦わなければならないということです」
さらに続けて「アジアにいるのならベイジン(北京)の文献に『遥か西』とは書かれないでしょうし」と話を締めくくった。
―――どっちにしろ文系だけじゃ即死コースだ…幼体であれなんだから。
夕食は経費削減で食堂ではなく小吃店(屋台)で食べることに。
「あ、担々麺がある!」と白井が嬉しそうに言うと「好きなんですね。ふふ」と青山が笑う。「SNSのプロフにも書いちゃうぐらいには」と彼も笑った。
三人で食べた担々麺は白井が想像していたものではなく、花椒と黒胡椒の効いた醤油ベースの汁なし麺だった。
コレジャナイ担々麺を食べていると「君たちは召喚者かい?」と通りかかった裕福そうな男性に声を掛けられた。
そうですがと白井が返事をすると、前にセイドに来た召喚者にえらい儲けさせてもらったんだと嬉しそうに彼は言った。彼はここセイドで商隊を解散し、傭兵団もごく少数を残して解散したそうだ。
―――それってまさか資金繰りが悪化したんじゃ…
白井の心配は杞憂だったようで、彼、アカサカさんは、直接的な商取引をやめて為替手形による信用取引、つまりは投資家のようなポジションに就いたようだった。荷車も在庫も不要となった為、商隊を解散し傭兵もほとんど解雇したようだった。
「それで彼はいまどこに?」と白井が尋ねると「西へ向かうと言ってましたが」と男性は言った。―――なんでもかんでも西だなあ。まるで西遊記みたいだ。
男性が去った後、聞いた話を三人で共有した。
「そういえばこの世界って、お金は全世界共通の銀貨なんですね」と青山。
「文化や資源が違うのに。世界銀行でもあるのでしょうか」と緑川は鼻で笑う。
「でも国を跨いでいちいち両替するの面倒だから嬉しいです」と白井。
誰も『なぜ』という部分には触れなかった。世界の歴史にアクセスできる(であろう)緑川が説明できないことは考えても仕方のないことだと思っているからだ。緑川本人も含めて。それを逆に言えば「在るがままを受け入れられる」素地があるからこんな世界で生きていられるのかもしれない。
明日からは精霊の謎を解くためチベットに向かう。
早めの就寝のためそれぞれの部屋に戻る。別れ際「また明日」と挨拶を交わし青山はこれまでの旅を振り返りとても満足気に眠りについた。




