第11話 ねえ、狂った邪神ってどうおもう?
白井の素っ頓狂な声に青山と緑川はパンダから目を離し前方に向き直る。
大きな虎が悠然とこちらに近付いてきているのを二人は目にする。
これまさに前門の虎、後門のパンダ、である。
「これ、逃げられないですよね」白井は虎を見据えたまま掴んだ腰刀の柄をぎゅうっと握る。
すると緑川は虎の双肩に何かを見つけ白井と青山に聞こえる声量で告げる。
「最悪の状況です、猶予がないので端的に。いますぐ馬を降りてパンダを虐めます。説明はパンダの後ろに回り込んでからします。武器を持って、急いで!」
緑川の号令に反応した二人はそれぞれ武器を携え小型馬を降り、猛ダッシュでパンダの後ろに回り込む。虎は走り出すことなく悠然と歩を進めてくる。
「あれは野生の虎ではなく、古代中国で四凶と呼ばれる四体の怪物の1つ、窮奇という邪神が顕現した翼虎という魔獣です」
―――ま、魔獣なのかよ…、普通の虎より強いってこと…?
緑川は虎の説明をしながら槍の柄でパンダの後頭部をこつこつと突く。いくらパンダといえど熊は熊なので反撃されない程度に手加減はしている。
「窮奇は人の言葉を理解し、正しい者を食べ、悪い者には獣肉を差し出すという厄介な神なんです。だから二人もパンダを軽くいじめて!悪者になって!」
なんだそのクソルール!白井はそう思いながらパンダの脇腹を腰刀の柄で突く。
青山は「パンダいじめるとかムリだよー」と泣き言を漏らし素手で背中をぽんぽんしている。
パンダは身じろぎもせずただ愛くるしい表情でどてんと座っている。
パンダ越しに翼虎の様子を窺うと、もうあと十数メートルのところまで来ていた。
―――ん?ていうかさっき人の言葉を理解って言っていたような…
白井はその件を緑川に確認すると「そう言われています」とのこと。
彼は腰刀でパンダを突く手を止め、パンダの背中から顔を出して虎に向かって思いつく限りの罵声を虎に浴びせた。
「おい、おまえ!邪神だかなんだか知らねえけど、口が臭えんだよ!」
「それになんだ、虎に化けるって。ヘタレすぎて本体のまま出て来れねえのか!」
「ばーか、ばーか!うんこ!」
白井の悪者ぶりは効果がなく、虎は目と鼻の先まで来ていた。
―――終わった…また間違った…
次の瞬間、前脚の付け根の外側のあたりに畳まれていた鷹のそれに似た翼を広げて羽ばたくと虎は2mほど上空へ舞い上がった。
正直、誰を狙っているのか、三人とも、そしてパンダも理解できていなかった。
白井と緑川が固まる中、突如として戦女神が覚醒する。激つよメンタル。
「あなたみたいな奴に正しいとか悪いとか、決められたくないです!」
そう言って青山が革鞭を振り回すと、唸りを上げて翼虎の鼻っ面を引っ叩いた。
怯んだ翼虎は一旦距離を取るようにして林の上空へ高く舞い上がる。
さあ、逃げましょう!誰より勇ましい戦女神に付き従うアルミ聖闘士の二人。
ぼんやり佇む小型馬に飛び乗り腹を蹴ると、小型馬は跳ねるように駆け出した。
林を抜け盆地へ降りる道が開けたところで先頭を走る白井が後ろを振り向くと、上空から猛禽類が獲物を襲うように殿の青山に向かって翼虎が降下してくるのが見えた。
荷物の中から残り2つとなったレンガパンの1つを掴み、翼虎に向かって投げると、無理な態勢が響いたのか、カチコチのパンは翼虎には当たらず数メートル脇を通過していった。が、翼虎は警戒したのか襲撃の機会を窺いもう一度上空へ舞い上がった。
「見えた!あの城塞がメンヤン(綿陽)です。あそこは軍事拠点なので弓兵に迎撃を頼みましょう!」緑川が叫ぶ。
―――街道の先に城壁が見える。辿り着くのが先か翼虎に襲われるのが先か…
三頭の小型馬が土煙を上げて猛然と城門に突進してくるのを、城壁の上の見張り兵が敵襲とみて、改良連弩の掃射をスクランブル要請する。
「門番に!門番に門を開けるように言ってください!」緑川が白井に向けて叫ぶ。
白井は振り向いて翼虎の位置を確認すると、さっきまで数メートル後方の上空にいたはずのそいつがいない。―――諦めた?まさか。邪神だろ?
姿を見失って不安が渦巻いたが一刻も早く城門を開けてもらわないと。そう思い腰刀を抜いて切っ先を小型馬の尻にチクリと突き立てた。―――ごめん!
「ヒヒーッ!」白井を乗せた小型馬は怒号なのか悲鳴なのか唸り声を上げて走る速度をさらに上げた。ギャロップする小型馬を白井は必死でしがみつく。
ここからなら声が届くかも、そう思い白井は大声で門の方へ叫ぶ。
「おーい!おれたちは召喚者だー!虎にー、襲われてるー!開けてくれー!」
何度も何度も同じ台詞を叫んだ。叫ぶたびに振り返って翼虎の姿を探すも、どこに消えたのか見失ったまま。後方の二人も視認できないようで警戒している。
城門の手前で門が開けられていることを確認した白井が少し安堵した瞬間、城壁の上から連弩の矢がドドッと一斉に放たれるのを見た。
真上がら「グルッ」という声が聞こえて見上げると、尻に矢が1本刺さった翼虎が落ちてくるのが見えた。―――あの野郎、真上にいたのか…
矢が当たったことで翼虎の降下軌道が若干逸れ、白井のすぐ脇に着地した。
小型馬も本能的に落下物を躱したのかもしれない。
すぐに弓兵の放つ矢が次々と翼虎に向けて放たれ、奴は舞い上がって山の方へ逃げていった。
こうして三人は命からがらメンヤンの城塞の中へと入ることができた。




