第10話 ねえ、野良パンダってどうおもう?
グァンユエン(広元)の街に一泊し、出発前の装備を確認する。
昨日、街に到着するなり雑貨屋で自衛のための武器を調達した。緑川は槍を買い、白井は腰刀を買った。青山は「刃物は怖いので」と言って馬車用の革鞭を買った。
小型馬に跨ると緑川から「きょうは想像を絶する断崖になります。絶対に落ちないように慎重に進みましょう」という警告があり、気を引き締めて一行は出発する。
それぞれいっぱしの冒険者風情で意気揚々と大きな岩を並べた石畳の道を往く。湿気で滑りやすいようで小型馬たちは歩き辛そう。平行する川の魔物を警戒しつつ進んでいくと徐々に上り坂となり崖テラスの道になる。
足元の板がところどころ腐っていたり落ちている箇所があり、板越しに激流の音が聞こえてくる。慎重に崖テラスの道をクリアすると石畳と岩肌の道になる。
一気に標高を稼ぐような上り坂になり、小型馬に跨って上るにはギリギリの勾配という感じになる。たまに降りて手綱を引いて負担を減らしつつ上っていく。
左右を壁に挟まれるような細い回廊のような道を抜けると山に囲まれた小さな盆地になり、ダーアン(大安)の街に到着する。山の中の宿場町のようだ。
馬を休ませつつ三人も休憩を取ってから再出発する。
目の前の赤茶色の壁に向かって進んでいくと、切り立つ断崖絶壁の壁面に九十九折に蛇行した道が掘られ山頂に向かう道になる。
当然、馬に跨って上れるような道ではないため下馬して手綱を引いて歩く。
道中、それなりに会話をしながら進んできた三人だったが、白井と緑川は完全に沈黙する。青山だけがドンキーになにか話し掛けながら歩いている。
うんざりするほどターンを繰り返し山道を進むと、一段一段が高い石畳の階段状の道になり、小型馬を手綱で引き上げるような感覚で最後の一押しを上りきる。
三人は鋭く聳え立つ巨大な岩壁に挟まれた谷間に関所に到達した。
「こここそが蜀最大の難所、難攻不落のジェンマングァン(剣門関)です!」
緑川が達成感を噛み締めて説明するのを聞いて、白井が門番に例のアレを告げると何のお咎めもなしに通過することができた。
関所のすぐ近くに腰を下ろして三人は小型馬と一緒に休憩をする。頑張った小型馬たちを労うように首などを撫でてやる。
剣門関を過ぎれば谷底を縫うような石畳の緩やかな下りの道になる。
小型馬たちが慌てることなく歩いていくとすぐに巨大な針葉樹の林が現れる。
巨木が枝を広げ空を覆い隠すようにトンネル状になって日差しを遮り、さっきの上り坂とは打って変わってとても涼しい。
巨木の根が石畳を押し上げる凸凹した路面を小型馬は器用に跨いで進む。
「この木は中国では柏と呼ばれますが日本の柏とは樹種が違うんです。日本のものは広葉樹ですが、こちらでは針葉樹なんです。まさかこの林が見れるとは」
緑川は感慨深そうにそう説明していたが、白井は杉じゃねえの?ぐらいにしか思っていなかった。青山に至っては「柏といえばボンベイのカシミールカレーが辛くて美味しいんですよねえ」と柏違いにも程がある話を嬉しそうしていた。
一行が幸いだったのは、危険区域を移動している間はずっと晴天だったことで、緩やかな下りに差し掛かるあたりで霧が出始めた。
古柏が林立し霧に包まれたその風景はとても幻想的だった。雲の流れが早いのか辺りを包んでいた霧が急に晴れることもあり、そんな時は古柏林の奥に竹林が見えた。
そして竹林の中にツートンカラーの野生のもこもこがいた。
「ぱ、ぱ、パンダ!パンダですよ!ほら!パンダパンダ!!」大はしゃぎの青山。
「やっぱり笹食っているんですね。かわいいなあ」小はしゃぎの白井。
「この時代では鉄を食べる魔物扱いされていたみたいです」ウンチクを垂れる緑川。
そんな彼らのパンダ見物も再び霧に包まれて終了し、昼休憩のための中継地、ズートン(梓潼)という街に着く。
適当な場所に腰を下ろして持参した携行食で昼食を済ませる。
「また見れるかなあ、パンダ」と青山は名残惜しそうに言うと「本来の生息域はもっと山の深いところですからね。どうでしょうか」と緑川は期待しないほうがいいというような感じの説明をした。
ズートンを出発し四川盆地に向かう緩やかな下り坂で、再び古柏の林の道に差し掛かる。奥には竹林もある。運が良ければまたパンダが見られるかもしれない。
パンダの姿を探してキョロキョロしていると霧が出始める。「あーん」と青山が残念そうな声を挙げるがこればっかりはどうしようもない。
霧は次第にどんどん濃くなり、視界不良で小型馬の足も鈍くなる。
そんな折に道の脇でガサガサッという音が聞こえ、三人は小型馬の上で身構え、慌ててそれぞれの武器を手にする。
周囲を警戒していると青山が叫ぶ「ああーー!パンダァーーー!!」と。
振り返ると後方20mのあたりにパンダが座っている。―――こ、こんな間近に!
一同がパンダに釘付けになっていると、前方の霧の中から思いもよらないものが近づいて来る。気配を感じて白井が振り向き素っ頓狂な声を挙げる。
「えっ? とっ、虎?」




