第9話 ねえ、緑色の人型ってどうおもう?
山中の宿場町フォンジョウ(鳳州)に到着するなり宿屋へ駆け込み倒れるように眠る白井と緑川。鎮痛剤もなく自然回復を待つしかないと二人は自覚していた。
夜更け、青山は白井の部屋へ突撃し添寝を敢行するつもりだったようだが、ドアに手を掛けたところで思い止まり「早くよくなりますように。また明日」とドア超しに声を掛けて自室に戻っていった。
翌朝、白井と緑川は回復することができた。標高に身体が慣れたのかもしれない。完全回復とまではいかなかったが、三人はリフレッシュした小型馬に跨り先へ進む。
しばらく険しい道で体力ゲージを緑から黄色まで減らしたが正午前には盆地まで到達し、ハンジョン(漢中)に着いたのは昼を少し回ったあたりだった。
「ここは劉備玄徳が漢中王を~」と緑川の解説があったが白井も青山も昼飯の算段で頭がいっぱいで、三国志フリークにはたまらない話は空に溶けた。
白井の聞き込みと緑川のぐるなびが一致した昼飯は米の麺の激辛油そばであった。
―――これ、明日お尻のセンシティブなところが灼熱になるやつだ…
スタミナ料理を摂取したところでハンジョンを後にして、山岳地帯を超えた先のグァンユエン(広元)を目指す。街から外れればすぐにまた勾配のきつい山道になる。
ところどころ崖テラスの桟道が現れ、胃がきりきりと悲鳴を挙げる場面があったが進捗は順調で、まだ日が高いうちに桟道の最長区間とおぼしき場所に出る。
桟道の遥か下から川の流れる音が聞こえる。これまでそうしてきたように山側に寄るよう小型馬に指示を出す。指示などなくても小型馬は崖には近付かないが。
ギシギシと音を立てて進んでいくと、前方に人影が見えた。6人ほどで固まってこちらの様子を窺っている。
近付いていくと、その異形さに三人は声を失った。
―――ご、ご、ゴブリンじゃあねえか!!!!
スキンヘッド、半裸、簡素な腰巻、こん棒、そして緑。全身がほぼ緑。
コブリン軍団から50m程のところで三人は小型馬の足を止めた。
「どうしましょう。逃げ場がないです。引き返しますか?」
「そうですね、襲ってくるようなら全力で引き返しましょう」
「あ、あれ、ずっと前にアニメで見ました。洞窟に攫われて犯されるやつ…」
―――よりにもよってそのゴブリンのイメージなのか。そりゃあビビる。
立ち止まって様子を窺っていると6体のうち2体が近づいて来る。
「さっき買った唐辛子の粉末があるんで、投げて届く距離まで来たら合図します」
荷物の中から粉末の入った袋を取り出しながら小声で白井が緑川と青山に撤退の合図を説明する。二人は黙って頷いた。
やがてゴブリンたちは顔が視認できるぐらいの距離まで近づいて来た。
袋の中に手を突っ込み粉末を握りしめた白井が違和感に気付く。
―――あれ?ところどころ肌の色が緑じゃない…、だけどそれが何の理由になる?
逡巡した後、白井はゴブリンに向かって叫ぶ。
「君たちはーゴブリンですかー?」
その場の全員が大声にびっくりしている。そして。
「ゴブリン?ソレハナンダ?」
―――喋るゴブリンかもしれない。知能が高くてとぼけているだけかもしれない。
―――また二人を危険に晒すには嫌だ。唐辛子浴びせて逃げよう。でも…
「オマエ、ナゼ、ハナシデキル」
「オレタチ、コトバ、ダレモ、シラナイ」
ゴブリンたちの言葉は確かに緑川や青山にはゴリラがウホウホ言っているようにしか聞こえていない。白井の叫び声だってウッホウホウホだった。
「僕は人の言葉なら全部わかるみたいなんだ」
「ソウカ、オマエ、スゴイ」
ゴブリンたちはそう言うとすたすたと白井の方へ向かって近寄って来る。
彼らの後方にいた仲間もぞろぞろと近づいてくるのを見て緑川が小型馬を降りてファイティングポーズを取ると、ゴブリンたちはこん棒をころんと床に落とし、手の平を向けた。
「タタカイ、シナイ」「トリ、トル」「オレタチ、ヨワイ」
白井は彼らの言葉を緑川に伝え、互いに戦闘の意思がないことを確認し合った。
ゴブリンたちに部族名はなかった。そこで白井は彼らをウッホ族と呼んだ。
ウッホ族は険しい崖に穴を掘って住み、こん棒や木の棒で木になった実を叩き落としたり、飛んでいる鳥を叩き落としたりして生活しているらしい。
身体を緑に塗っているのは森に入ったときの迷彩だそうだ。
見た目と裏腹に穏やかなウッホ族とすっかり仲良しになった三人は例のレンガパンを友好の証として渡した。
青山はウッホ族の一人から求婚されていたが白井は彼女に伝えず、旅の目的を果たさないといけないから無理だと勝手に断った。
ウッホ族と別れ、桟道を抜けて山岳地帯をしばらく進むと盆地に出る。
この日の目的地であるグァンユエン(広元)という要衝までの間になだからな道を進みながら白井はさきほどの求婚の話を青山に伝えた。
「勝手に断ってしまってごめんなさい」
「いいですよ。その代わり、責任取ってくださいね!うふふ」
お好きにどうぞという甘ったるい会話を聞き流しながら、傭兵団と合流できるまで自衛できるだけの装備を整えようと、緑川は考えていた。




