6話
キィィン、キィィン、キィィン――。
XM-22の磁気加速音が、赤い砂塵を切り裂く。
カズキのヘルメットバイザーに投影された照準器は、獲物の動きに追いついていない。だが、彼の右腕はシステムを無視して、岩陰から飛び出した「影」の喉元を正確に貫いていた。
ドサッ、と重い音が響く。
そこに転がっていたのは、ゼノスの岩肌に擬態する甲殻をまとった、四足歩行の肉食獣だった。
「……はぁ、はぁ、……っ」
ヘルメット内に、自分の荒い呼吸音と冷却ファンの駆動音が反響する。
『――警告:未承認のエネルギー消費。弾薬残量:94%』
『――警告:部隊同期からの著しい逸脱。修正を試行……』
バイザーに流れる赤いログ。それは、仲間を救い、敵を仕留めたことへの賞賛ではない。数世紀にわたって洗練されてきた「軍事規格」に対する、ただのイレギュラー報告だ。
突き飛ばされた082番が、砂を払いながら立ち上がる。
「188番。接触による姿勢制御の乱れ、および無断発射。……お前のエラーログが、部隊全体の同期率を低下させた。このデータは次回のパッチに反映される」
「……あぁ、そうかよ」
カズキは、XM-22の銃口から立ち昇る電磁ノイズの熱を見つめながら、吐き捨てるように言った。
「死んでりゃ、同期率もクソもなかっただろうが」
「論理的ではない」
082番はバイザー越しにカズキを一瞥した。
「死は損失だが、規律の乱れはシステム全体の汚染だ。……行軍を再開する」
高度10,000メートルの静止軌道。軍事要塞の監視室。
教官ガミラスは、数百のホログラムパネルが浮遊する空間で、一枚の赤い点滅に指を止めた。
「……今の反射、見たか」
ガミラスが、背後の分析官に声をかける。
「シンカーの予測演算を0.4秒上回っている。同期パッチを介さず、生身の神経伝達だけであの原生生物の速度に対応した」
「はい。ですが、これは明らかな『不具合』です。数百年蓄積された戦術アーカイブと、188番の動作が一致しません。リンカーの不適合による暴走の可能性があります」
「待て」
ガミラスは、カズキが仕留めた獲物の残骸を拡大した。
首の隙間、装甲の最も薄い一点を、XM-22のタングステン弾が正確に撃ち抜いている。
「他のクローンたちは、パッチに従って『正しい射撃姿勢』を取ろうとして、0.5秒のラグを生んだ。結果として、188番が動かなければ082番は失われていた。……これは不具合ではなく、既存のデータにない『異質な経験則』だ」
ガミラスの瞳に、冷酷な好奇心が宿る。
「面白い。このまま続行させろ。……188番が、その『古い呪い』のような感覚だけでどこまで生き延びるか、データを取りたい」
行軍は、死の静覚を保ったまま再開された。
カズキは、再び082番の背中を追って歩き出す。だが、先ほどの戦闘以降、リンカーの「振動」はもはや物理的な痛みに近かった。ヘルメット内の人工酸素を吸い込むたびに、視界の端に「この惑星」ではない、別の宙域の残像が爆ぜる。
それは地球の記録などではない。
数十年、あるいは数百年前に起きたであろう、大戦の断片。
重力制御が破壊された巨大コロニー内での、凄惨な近接戦闘。
人型のほかに異形としか思えない姿やそのほかにも多種多様な生命が生き残るために必死だった
真空に吸い出されていく無数の兵士たちと、彼らが握りしめていた旧型の磁気加速銃。
「(……誰だ。この視界は、一体誰のものだ)」
カズキは、自分のヘルメットの硬い感触を確かめるように指を当てた。
自分は、数世紀にわたる宇宙徴兵制の中で繰り返されてきた「スペア」の一人に過ぎない。
なら、このリンカーに刻まれているのは、いつ、どこの星系で戦い、死んでいった何者の記憶なのか。
『――給水ポイントまで、残り500メートル。』
バイザーに表示される無機質なナビゲーション。
その背後で、カズキのリンカーは軍の制御を嘲笑うように、さらに深い「宇宙の記憶」を読み込み始めていた。
それは、これからの演習が、ただの「歩行訓練」では終わらないことを告げていた。




