3話
居住区の静寂を、高周波のラッパ音が切り裂いた。
鼓膜を刺すような鋭い旋律と共に、照明が一斉に白光を放つ。成瀬カズキの意識が、泥のような眠りから強制的に引きずり出される。
カチッ、カチッ、カチッ――。
周囲のベッドで響くのは、数百人が一斉に首筋のポートへ金属端子を叩き込む、硬質で冷徹な接続音だ。
カズキも、震える手で自分の『シンカー』をポートへ押し込んだ。だが、自身の網膜の端でひっそりと点滅したのは、無機質な一列の日本語だった。
『――状態:同期失敗。プロトコル不一致。』
隣のベッドの男が、無機質な動作で立ち上がる。
「……第109期、082番。接続完了」
昨日、輸送船で少し言葉を交わしたはずの男だ。だが、その瞳からは昨日の微かな不安が消え、精密機械のような光が宿っている。
「おい、082番。……調子はどうだ?」
カズキが小声で問いかける。だが、082番は視線を合わさず、シーツを一寸の狂いもなく畳みながら答えた。
「問題ない。パッチが適用された。188番、お前は動作が遅い。速やかに規律を遂行しろ」
「……あぁ」
カズキは喉の奥に苦いものを感じた。
他の連中は、この接続一回で「人間」としての迷いを切り離し、均一な「部品」へと作り替えられている。自分だけが、後頭部の手術痕が放つズキズキとした痛みと、拭えない違和感を抱えたまま、この冷たい施設に取り残されていた。
「本日の訓練項目:標準支給ライフル『XM-22』の完全分解、および組み立て。網膜ガイドに従い、速やかに遂行せよ」
頭上のスピーカーから、感情を排したアナウンスが響く。
実習場のステンレス製デスクの上には、漆黒の塊が置かれていた。XM-22。高度文明が「効率的に命を刈り取る」ためだけに設計した、電磁加速式の怪物だ。銃身には継ぎ目がほとんどなく、内部には複雑なコイルと超電導回路が詰め込まれている。
カチ、カチ、カチ――。
一斉に金属音が鳴り響く。
隣の082番の指先は、網膜に流れるガイドラインを完璧になぞっていた。XM-22のバイオロックを解除し、エネルギーパックを抜き、加速レールを露出させる。彼の指は、まるでピアノを弾くかのように軽やかで、迷いがない。
カズキも自分のXM-22に触れた。
その瞬間、後頭部のリンカーが熱を帯びた。
ガイドラインを「見る」より先に、指先が勝手にパーツの隙間を探り当てる。この高密度な回路のどこに負荷がかかりやすく、どの接続部が熱に弱いのか。
一度も触れたことがないはずの、高度文明の結晶。
それなのに、カズキの脳内には「この銃で数千人を撃ち抜いてきた」という、生々しく、どす黒い経験が逆流していた。
「(なんだ……これ。マニュアルのデータじゃない。もっと……汚い感覚だ)」
リンカーが軍のパッチを拒絶しながらも、深層にある「殺しの技術」だけを直接、カズキの神経に流し込んでいる。
気がつけば、カズキの作業台の上には、完璧に分解されたXM-22のパーツが並んでいた。他のクローンがシンカーの指示通りに「綺麗に」並める中、カズキの並べ方は、より実戦でのメンテナンスを意識した、無駄のない配置になっていた。
網膜の表示が『分解完了』から『組み立て開始』へと切り替わる。
全員が、システムに促されるままに再びパーツを組み上げ始めた。
横に座る082番は無機質な表情のまま、XM-22の精密な磁気加速レールを、一ミクロンの狂いもなくハウジングに差し込もうとする。
だが、その滑らかな動きが、一瞬だけ止まった。
ギチッ。
小さな異音。
082番の指先が、わずかに震えている。
彼はシンカーが表示する「絶対的な正解」にパーツを押し込もうとしているが、連日の行軍で微細に腫れた彼の指関節が、その精度についていけない。
『――警告:同期エラー検知。』
082番の網膜に表示されているであろうログが、彼の瞳に反射して虚ろに光る。
「……身体制御パッチと、肉体コンディションの乖離を確認。強制修正を試行」
彼は感情のない声で呟くと、無理やりパーツを叩き込んだ。
パッチは「正しい位置」へ動かすよう脳に命令し続けるが、肉体がそれを拒む。
それでもパッチは止まらない。
ミシミシと、082番の指が、人間には不可能な角度で強制的に捻じ曲げられていく。
「(……おい、やめろ、指が折れるぞ!)」
カズキが思わず声を漏らしたが、082番は痛みを感じていない。
彼はただ、エラーを修正することだけに執着し、自分の骨が軋む音にも気づかず、XM-22の硬質なフレームに肉を押し付けていた。
『――109期082番、出力エラー。個体メンテナンスへ。』
頭上のスピーカーが、事務的に宣告した。ガミラスは遠くの監視室でデータを見ているだけで、姿すら見せない。
衛生兵代わりのドローンが082番の両脇を抱え、引きずるように連行していく。
082番は去り際、カズキの方を一度も振り返らなかった。その瞳は、ただ「壊れた部品」としての空虚さを湛えていた。夜。施設内居住区。
カズキは、あのまま戻ってこなかった082番のベッドを横目に暗闇の中で自分の両手を見つめていた。
XM-22の、あの冷たく、命を拒絶するような感触が掌にこびりついている。
他の連中は、シンカーを抜いて強制的な眠りについている。
カズキは一人、自分のリンカーが引き起こした「鉄の記憶」の正体を探っていた。
軍が提供した「教育用パッチ」ではない。
あの時、脳に流れてきたのは、XM-22の加速レールが焼き付く臭いや、電磁ノイズが耳の奥を刺す不快感といった、教科書には載らない「本物の戦場」の断片だった。
「……俺は、誰のスペアなんだ?」
自分が押した「はい」のボタン。
そして、このリンカーが勝手に教えてくれる「戦い方」は、一体誰が残した呪いなのか。
カズキは、自分の後頭部の傷跡を強く押さえた。
高度文明の兵器に囲まれながら、自分だけが、その恩恵を「恐怖」という形で受け取っていた。




