2話
次の日
鼓膜を突き破るラッパの音。それと同時に、居住区の照明が網膜を焼くような白光を放った。成瀬カズキの意識が、泥のような眠りから強制的に引きずり出される。
カチッ、カチッ、カチッ――。
周囲のベッドで響くのは、数百人が一斉に首筋のポートへ金属端子を叩き込む、硬質で冷徹な接続音だ。
カズキも、震える手で自分の『シンカー』をポートへ押し込んだ。だが、自身の網膜の端でひっそりと点滅したのは、無機質な一列の表示だった。
『――状態:同期失敗。プロトコル不一致。』
隣のベッドの男が、無機質な動作で立ち上がる。
「……第109期、082番。接続完了」
昨日、輸送船で少し言葉を交わしたはずの男だ。だが、その瞳からは昨日の微かな不安が消え、精密機械のような光が宿っている。
「おい、082番。……調子はどうだ?」
カズキが小声で問いかける。だが、082番は視線を合わさず、シーツを一寸の狂いもなく畳みながら答えた。
「問題ない。パッチが適用された。188番、お前は動作が遅い。速やかに規律を遂行しろ」
「……あぁ」
カズキは喉の奥に苦いものを感じた。
他の連中は、この接続一回で「人間」としての迷いを切り離し、均一な「部品」へと作り替えられている。自分だけが、後頭部の手術痕が放つズキズキとした痛みと、拭えない違和感を抱えたまま、この冷たい施設に取り残されていた。
「0405時だ。整列完了していない個体は、その場でスクラップにされると思え」
教官ガミラスが、重い軍靴の音を響かせて通路の中央を通り抜ける。
彼は個々の兵士の顔など見ない。手元のマスター端末に流れる、数百人分の「同期率」を示すグラフの羅列だけを見ている。
最初の訓練は、戦闘ですらなかった。
「基本教練を開始する。右向け右。左向け左。行進。……すべては『シンカー』の支援データに従え。一ミリのズレも許さん」
ゼノスの赤い砂塵が舞う演習広場で、何時間も、ただ歩くだけの訓練が続く。
カズキの網膜にも、シンカーからのガイドラインが投影された。視界の先に浮かぶ青白い光のグリッド。理想的な歩幅、角度、そして隣の兵士との距離。
周囲のクローンたちは、身体制御パッチによって、そのガイドラインを完璧になぞる「自動人形」と化していた。数百人の足音が、一つの巨大な心臓の鼓動のように重なる。
だが、カズキは違った。
ガイドラインは見える。だが、それをなぞるための筋肉の動きは、すべて生身の、自分自身の意志に委ねられている。
「(……合わせろ。右、左。歩幅は六十……ッ)」
カズキは必死に網膜の光を追いかけた。だが、生身の体は疲労し、砂混じりの空気に肺が焼かれ、集中力が途切れるたびに歩調がわずかにズレる。
「――188番、歩調が乱れている。修正しろ」
ガミラスの声が、スピーカー越しに冷たく響く。
ただ更新するだけで午前が終わった
1200時。施設内食堂。
提供されるのは、味も素気もない合成ペーストだ。
数百人の兵士が、一言も発さずに同じペースでスプーンを動かしている。
「……なぁ、082番」
カズキは、隣に座った男に、耐えきれず話しかけた。
「地球にいた時のこと、覚えてるか? 窓口でボタンを押した時のこととか」
082番は手を止めず、無感情に答えた。
「記憶ログには存在する。だが、今の優先事項ではない。……188番、お前は無駄な通信が多い。リンカーの不具合なら、速やかに上に報告し、指示を仰げ」
082番はそう言い残すと、最後の一口を飲み込み、トレイを持って立ち去った。
カズキは、口の中に広がる無機質なペーストの味を、ただ噛み締めるしかなかった。
夜、消灯ラッパが響く。
『シンカー』を通じて一斉に「強制就眠パッチ」が流し込まれ、居住区内の兵士たちが、スイッチを切られたように一瞬で眠りに落ちる。
だが、エラーを吐き続けているカズキの意識だけは、闇の中で剥き出しのままだった。
静寂の中、首筋のポートが微かに熱を持つ。
自分が押した、あの窓口のボタン。
あの一瞬の選択の果てに、自分は言葉の通じない人形たちの中に放り込まれた。
同期に拒絶され、教官にバグとして扱われながら、カズキは一人、重く苦しい呼吸を繰り返していた。




