二十六話 不安
アジトに戻ると、ちょうどパルプの作った昼食を皆が食べているところだった。話し込んでいる間に相当の時間が経っていたらしい。
今日の昼食はラーメンらしく、麺を啜っていたフェリが顔を上げてミタツに箸を掲げた。
「おかえり。随分長かったね。麺が大分伸びちゃったよ」
「ちょっと話し込んでたら長くなっちゃって」
「それだけじゃないようだ」
タイチョウが意味ありげにミタツの腰元に視線を向けると、その場にいた全員の視線が集まる。気まずさを紛らわせるようにはにかんで一度自分の部屋に行こうとすると、パルプがミタツの肩をごつい手で掴む。
思わず硬直するミタツに、パルプはささやくような声で訊く。
「……それ、なんの金属?」
「あ、あはは……」
ミタツは観念して居間の方を向き、リリ特製の片手剣を鞘から抜く。
証明の光を綺麗に反射して光るその刃。誰もが一目見て一流の業物に見えるそれは実際のところは恩恵による力だ。しかしそれを知らない一同は驚愕する。
「へぇ……どこから盗んできたのかな?」
「ぬ、盗んでないよ! ……友達の恩恵者がやってくれたんだ。オリハルコンなんて使ってくれて」
「……オリハルコン!」
ミタツの単語に反応してパルプがサングラスの裏で瞳を輝かせる。
大柄な体をそわそわと揺らすパルプを見て、ミタツは剣の柄を向けて、「……触ってみる?」と問いかけると大きく無邪気な子供のように頷いてその剣をとった。
ドワーフの血が流れる一人の男を置いて、他の皆の注目はミタツに集まっている。
「でも、やっぱり盗んだんじゃないかしら? 高いでしょう」
「そんな人を盗人みたいな……。前にキャンプの時に助けたお礼だって言われたんだよ」
「宝の持ち腐れね」
「……それは否定できないけど」
メアリーに言われ思わず押し黙るミタツ。確かにこれを十分に使えるかどうかはミタツにもわかっていない。
しかし、折角のリリの厚意だったのだから、無下にするわけにもいかなかった。
ミタツは拳を握る。
「僕だって努力して、その剣に見合うような実力を付けるよ!」
そう思い切り言い切る。メアリーは何も言わずに昼食を食べ進め、しかし視線はその剣とミタツに向いていた。
それを悟ったタイチョウは、上機嫌に笑う。
「期待しているよ、ミタツくん。やる気のある人間は大歓迎だ。是非とも頑張って欲しい。そうだろう? メアリー」
「……そうね。精々頑張るといいわ」
そうぶっきらぼうに言って、メアリーは食事を片付けに立った。
一段落だ。そうミタツは安堵する。条件反射的にまたメアリーに嫌われることを危惧してしまった。そうなってしまってはいろいろと困る。
ふと、そこで今いないメンバーに気づく。
「あれ? ココロとジーナは?」
「二人は今任務の最中さ。なんて言ったって、前に君とメアリーが殺し損ねた男の屋敷から大量の情報が出てきたからね。暗殺稼業も大繁盛だよ」
「あはは……嬉しいのか残念なのか……」
苦笑いのままミタツは箸を取る。
ラーメンはパルプが作ったため普段よりも薄めの塩ラーメン。もちろん味は決して不味い訳ではなくむしろ美味しい。
地球ではついぞ味わうことのできなかった味を堪能していると、パルプが剣をミタツに返そうと持ってきた。
「……すごい。が、嫉妬する」
「僕の友達が錬金の恩恵者で、なんでも思った通りに作り替えられるらしいんだ」
「……なるほど。ドワーフの技術と同等か……」
悔しかったのかそっと言い残してパルプは自分の器を手に台所へ向かった。お代わりだそうだ。
それと入れ違いにメアリーが足音を立てながら戻ってきた。
「ミタツ。早く食べ終わってあたしの部屋に来なさい! 今度の打ち合わせするわよ」
「うん。わかった」
その返事を聞いてからスタスタとメアリーは去っていく。
「どうだい? メアリーと組んでみて」
フェリが食事が終わり手持ち無沙汰でそうミタツに話を振る。
ミタツは少し考えるように頭を傾けて、
「すごい、やりやすいかな。思ったことは口に出してくれるし、戦闘は強いし、何より頼りになるんだ」
「へぇ、そうなのか。ボクにもそんな一面を見せてくれたらなぁ」
「フェリはメアリーに好かれている。仕方がないことだろう。それに、スカウトをしたのもフェリだ」
「それもそうなんだけれどね。どうも、純粋な好意というのはボクの身に余る」
フェリは困ったように笑って、かわいた口の中を潤すように紅茶を飲む。その行為はタイチョウの目から逃げるようでもあった。
タイチョウはそれ以上を喋る気がないことを察して、話題を再びミタツに向ける。
「ちなみに、ミタツくんはこの仕事はどうだい? 馴染めそうかな?」
「……いや、それはちょっと微妙かな」
口元まで運んでいた箸を下ろして、椀の上に橋をかける。そして視線を薄いスープに注ぎながら語る。
「……生前のトラウマで、どうも攻撃するっていうことができなくって。中々に致命的だし、メアリーにも言われてるから、どうにかしないと、って思ってるけど」
「ふむ。トラウマね……わからなくもない」
タイチョウがそう言って優しく微笑む。それは見えていなくても、ミタツは顔を上げた。
タイチョウは穏やかに続ける。
「私にも、あるよ、大きなトラウマが。だから、いざその時が来ると思うと足がすくむ。……でも、誰にもそんな時はくる」
そして真剣な眼差しで、ミタツへ。
「やらなければいけないとき、絶対に後悔してはいけない。……私かは言えるのはそれだけだ。頑張ってくれ、ミタツくん」
「……はい」
やらなければいけないときが、来る。
ミタツはその言葉を深く心に刻み込んで、大きく息を吐いた。
「頑張るよ。……僕自身のために」
「その意気だ」
タイチョウが笑う。ミタツも釣られて笑顔を浮かべた。
「でも、ミタツは心配しなくていいとボクは思うよ」
「……どうして?」
「だって、あの時みんなを守って君はーーね?」
……ああ、そうだ、あの時はそうしたのだった。あれは、正しい攻撃だった。
「うん。大丈夫。やる時はやるさ! それじゃ、行ってくるよ。ーーありがとうございました!」
「どういたしまして」
「頑張ってくれよ」
台所から出てきたパルプを避けて、急いで器を片付けて、そしてメアリーの部屋へ向かうミタツの足取りは、心做しか軽いようだった。




