二十七話 帝国の恩恵者
ーー任務当日。
今回の任務は今までミタツが行った二回の暗殺任務とは一味違う。
市街地を歩き回る一般市民に偽装した工作員の排除だ。
よって、決行は人の行き交う真昼時の大通り。あわよくば路地裏に誘い出して、などと考えてはいるがそう上手くはいくまい。
そしていざ作戦当日。すでに計画は嫌になるほど聞いて話し合って考えあった。もう、この前のような幼稚なミスはーーしない。
二人は民家の屋根の上で光学迷彩の魔法加工が施されたマントを羽織って、魔法の偽装を見破るコンタクトを付けてこの国一番の大通りを見張る。
彼らはこういった至って普通の日常に溶け込んで情報のやり取りを行う。何しろ彼らはこの国の貴族の後ろ盾のない、ただの雇われ人なのだから。
じっと目を凝らしていると、メアリーがミタツに囁きかける。
「二時方向上手側」
「……了解」
言われて急いで視線を向ければ、コンタクトを通して魔法で常に偽装しているらしい淡く青い光を見つけた。
ミタツはメアリーに頷く。メアリーはわかっていると言わんばかりに砂を見せつける。しかしその顔は見たことがないほど緊張している。
ミタツは路地裏へ降りてから大通りに出て男を追跡する。メアリーがしくじった時の保険としてだ。
しかしミタツは彼女が失敗するなど毛ほどの心配もしていなかった。なぜなら、ここまでの日数での彼女の努力は計り知れないことを知ったからだ。
ミタツよりも早く長くジムにいて、アジトにいる時はずっと任務のことを食事の時間も惜しんで考える。ミタツが果たしてどれほど役に立ったのか、ミタツ自身不安なところだ。
だがメアリーが必死に頑張っているのを見ていると、ミタツもやらなければいけないと思った。
剣の練習はコウタロウやアレックスとともに十二分にした。メアリーが例えミスをしても、必ず討ち取る。
ーー見つけた。魔力の反応。あとは彼に気づかれないように、メアリーの攻撃が届くまで見貼れば
「何してるんだい? ボーイ」
はっとして振り返る、しかしなぜか腰が回らない。
理由はーー明白。
肋骨の真下を境に、体が両断されているからだ。
ミタツの近くの全員を含めて。
「あっはっはっはっは! いいねぇ! いい反応だよ! 体が分断されたことに気づいたその表情のまま! 君たちは死んでいくーーはずなのだがね」
ミタツは駆け出した。
背後を振り向いた時、人々を惨殺した巨悪の根本は高らかに笑っていた。
黒い髪。真っ白なローブ。手には赤い手袋。武器も何も持たず、ただの手刀がなんらかの力を帯びて襲いかかる。
不味い。いくら死なないとは言え、こいつは……生理的な恐怖がミタツを追い立てる。
早く、目標を殺して、そして離脱しよう。そうすれば失敗したことにはならないはずだ!
「おかしいじゃないか」
かけ出すミタツの脊髄が縦に分断される。視界の奥でミタツの正面の雲がぱっくりと縦に割れた。
その異常な殺傷力。間違いなく、恩恵。
「……帝国か!」
「うん? ああ、そうだね。それで僕はなんで君が死なないのかが不思議でたまんないよ!」
体がみじん切りにされる感覚がする。ミタツの知らないところで、人々が八つ裂きにされる悲鳴と、滑らかな切り後の屋根のない民家が生気を失ったように佇む。
大通りは、地獄と貸した。
血で溢れかえる路上。四肢も臓腑も飛び散り悲鳴は遥遠くか男の後ろからしか聞こえない。瓦礫と屍とで歩く隙もない。
そしてミタツは気づく。
目標が消えた。
否、すでに殺されている。
「君たち。情報を過信し過ぎなんじゃないのかな? 確かにあれは中々に重要な工作員だけれど、僕という人間の参入ぐらい、考えるだろ?」
「考えられるわけないだろ!」
やけくそに叫びながら、ミタツは振り返って剣を引き抜いた。
オリハルコン加工の最高高度を誇るリリお手製のその剣。ミタツの、ミタツと剣の練習の成果を、
「馬鹿だなぁ。僕に切れないものはないんだって、わかるでしょ?」
しかしその剣は、ミタツの視界がずれるのと同様に、真横に両断された。
ミタツの心は折れた。
勝ち目がない。
こんな馬鹿みたいな恩恵に、死なないだけの自分が何をしろと? 何ができると?
ミタツは、膝から崩れ落ちる。
「ふうん。まあ、なかなか面白い力だし……そうだ! 帝国に来る? 面白いと思うよ!」
「……お前みたいなやつが」
「ん?」
なけなしの勇気を振り絞る。
「お前みたいな野郎がいる国に、行くわけないだろ! おおお!」
剣先の無くなった剣を振りかざし、ミタツは男に突進する。
足が切られる。下半身とのお別れ。中枢神経の消失。
ーーそれがどうした。
死ななければ安い痛み、安い代償。
ただ一撃を食らわせるための。
「はははっ。肉を切らせて骨を断つ、みたいな? でもまぁ、そんなら動きされてもねぇ」
男の手が十字を斬る。幾ら着られようが構わない。こいつにさえたどり着けばーー
「めんどくせ!」
回復したミタツの胸を、男が思い切り蹴り飛ばした。
体の浮いたミタツは為す術もなく慣性に従って飛ばされる。たかが人間の力でも、空中では抗うことはできない。
その時、背後から攻撃を加えようとしている一人の影。
「やめるんだ、メアリー……!」
メアリーが、この凶刃に襲われれば、必ず命は無くなる。
ミタツは必死に手を伸ばす。メアリーは砂の詰まった袋を飛ばす。そして恩恵を発動させようとしてーー男が振り向く。
やめろ。
やめてくれ……!
なんの為の、不死の恩恵だとーー
「……そこまでにしてもらおう」
その時、二人の間に一人の騎士が割って入った。
緑の甲冑に身をまとった、パルプ程のガタイがありだがパルプより身長が低い騎士。
メアリーは恩恵の発動を間一髪のところで取りやめた。しかし帝国の男はお構い無しに横に手を振る。不可視の凶刃が騎士を襲いーー
「おっと」
男がばっと身をかがめる。するとその背後の民家の窓が真横に割れた。
わけもわからずにいるミタツを置いて、男は舌なめずりをして唸った。
「うーん……反射かぁ。分が悪いな」
「俺が出たのだ。意味は、わかるだろう? これ以上我が国を荒らされては困ってしまう」
兜の下から鋭い眼光を騎士が向ける。男は肩を竦めた。
「……仕方がないね。ま、良い暇つぶしだったかな。ばいばーい」
男の隣に突如黒い忍者の容貌をした男が降り立ち、瞬く間に消えてしまった。
嵐のごとく、いや、甚大な被害を与えるタイフーンのごとくやってきては消えた男。
その恐怖よりも、ミタツは形容できない悔しさに襲われていた。
また、任務を失敗したのかと。
ふとメアリーに視線をやれば、地面に座り込んでメアリーも悔しそうに唇を噛んでいる。手は爪が手のひらを傷つけるほどに握りこまれている。
よろよろと立ち上がり、メアリーの元へ行く。
「……失敗、かな?」
「…………そうね」
それだけ言って、メアリーは顔を背けた。
ミタツももう何も言えない。この大惨事と、自分たちの失敗との後悔に押しつぶされそうになる。
何も言わずにいると、緑の騎士がこちらにやって来る。
「非常事態であった。君たちの尽力には感謝する」
「……」
「君たちの上司には俺から説明をしておこう」
「……失敗したって、そう報告するのかしら?」
かわいた声で、メアリーが恨めしそうにこぼす。
騎士はゆるゆると顔を横に振る。
「……もちろん、そうなってしまう。しかしその原因についても語ろう。だが、俺は少し興味が湧いた」
騎士がミタツを見る。そして両手で兜をゆっくりと外した。
兜の下から現れたのは、強面の白髪の老いてなお力強い顔。
「ウルリア国家元帥、カガミだ。……おそらく君とはまた会うことになるだろう。不死の恩恵者よ」
とても中途半端で何も始まっていない場面ではありますが、ここでこの作品は打ち切らせていただきます。無理に書いていたので、PVという指標のモチベなくしては続けていけなくなってしまいました。ここまでお付き合いありがとうございました。




