二十五話 オリハルコンの剣
翌日、ミタツはひしゃげた片手剣を手にある部屋を尋ねていた。案内板には、その部屋は「錬金室」と名付けられている。
部屋に入って、手近なスタッフに人物の名前を出してどこにいるかを尋ねる。そして言われた道のとおりに歩いていく。
扉には「休憩中」とかかれていて、一瞬迷ったがまあ顔見知りだからと軽くノックをする。間を置かずにドアが横に開いた。
「はーい……って、おー! ミタツじゃん! 元気してたか?」
「うん。久しぶり、リリ。……それと、ミクルも」
「お久しぶりです!」
中から顔を出したのは、背の高い男役のような顔立ちのリリと、ほんわかとしたピンクの髪が腰まである小柄な少女ミクル。
突然の来客にも関わらず、リリは嬉しそうにミタツを招く。
「いらっしゃい! 休憩中だけど、あんたは特別にもてなしてやるよ。入りな」
リリがそう言って笑ってミタツを歓迎する。
部屋の中はなかなか良い内装だった。二人、いや三人でも十分な広さのある部屋は、普通に暮らしていけるような台所やコンセント、また寝具まである。
一通り眺めていると、リリの方から声がかかった。
「それで、何の用かと思えば……それだね?」
リリがびしっと人差し指を向けるのはもちろんミタツのもつ歪んだ剣。はにかみながらミタツはそれをリリへ手渡すようにかかげる。
「そうなんだよね。訓練で壊しちゃったから、せっかくだし直してもらおっかなって」
「なるほどねぇ。でも、もちろん金はもらう。……と、言いたかったところだけれど」
リリが殊勝な感じで腕を組んで、微笑を称えたまま言う。
「あんたは一回あたしたちの命を救ってくれてるからね。その分のお礼ってことで今回はちゃらにしといてあげるよ」
「本当に? お金がないわけじゃないんだけど……」
「別にいいってこと。あたしもミクルもおかげで助かったんだから」
「ですね!」
そう言われるとミタツも嬉しさを隠せない。目に見えて照れて顔をそむける。なんとも言えない高揚感がミタツの胸中を満たしていく。
リリがミタツの手から剣をもらい受ける。
「それじゃ、あたしはちょっと材料取りに行ってくるから、待っててな」
そう言って上機嫌にリリが部屋を出て行った。あとに残された二人は、とりあえずの近況報告をして、それから今の話に移り変わる。
「そういえば、僕まだミクルの能力知らないや」
「あ、そういえばそうでしたね! ええっとですね。私の能力は、状態異常変換です。毒とか麻痺とか催眠とかの状態異常が見えて、別のものに変えることができます」
「へえ、状態異常変換……」
ふとそこでミタツは疑問に思う。
「でも、それって結局状態異常は治らないよね?」
「そうなんですよ。でも、一番楽な状態異常があるんです!」
ミクルが待ってましたと手を打ち鳴らして、人差し指を立てて満面の笑みで感嘆符をこれでもかと付けて言う。
「ずはり! 空腹状態です!!!」
「空腹?」
「そうです! 麻痺とか毒とかを一番無害な空腹状態に変換すれば、その人の命を助けることができます! だから、ここの病院で働かせてもらってるんですよ!」
頬が紅潮するほど嬉しそうにミクルは語る。ミタツは普段見慣れない元同僚のテンションに、柔らかい微笑みが自然と出てくる。「そっか」とミタツはうなずいた。
ミクルは何を察したのか、頬を別の赤で染める。そしてごほんと咳払いをして、だが少しテンションは高いままで語る。
「私、この世界に来る前は病弱で、ずっとお医者さんや看護師さんに助けてもらってました。だから、今度は誰かを助ける側に回ることができて、すごい嬉しいんです。もちろん地球にも未練はありましたが、ここ数ヶ月は、夢見心地で。生きるって、誰かを助けられるってこんなに楽しくて誇らしいことなんだって、始めて知りました」
一向に開く気配の無い部屋のドアを眺めながら、ミクルは語る。ミタツが見るその横顔は、今までミタツが知るものよりもずっとキラキラしていて、思わず眩しくて目を細め、息を飲み込んだ。
「……そっか」
ミタツはミクルの横顔から視線を外して、おもむろに自分のことについて考えた。
僕の仕事は、誰かを傷つけること。それは仕事だし、それによって傷つかない人もいる。……僕は、辛い仕事についてしまったのかもしれない。
とりとめのない考えは、開いたドアの音で霧散する。
「よーし! それじゃ、いっちょ改造と行くか!」
「か、改造!」
ミタツは驚いて目を見張る。リリの腕の中には、見るに高価な銀色の拳ほどの鉱石がひとつ。
そしてこの世界の勉強でミタツはそれを知っていた。
「お、オリハルコン?!」
「そーそー。よく知ってるじゃん」
「当たり前じゃ無いか! そ、そんな高いもの……。そのサイズでも何十万ってするんじゃ……」
「いーのいーの。あたしが仕事のお礼にもらったものだから」
とんでもないことをさも平然と、しかも上機嫌で言うものだからミタツも止める隙がない。
なんとか言わなければと思うミタツの袖を、ミクルが引っ張った。そして悪戯な笑顔で言う。
「せっかくですし、甘えちゃいましょうよ」
「う……。そ、そうだね」
なんとも言えない背徳感を持ったまま、ミタツの目の前で錬金は行われた。
「あたしの能力、錬金って言うんだけどさ。これが便利で、あたしが思った通りになんでも作り替えられるわけ。だから、どんなに硬い鉱石でもこの通り!」
剣の柄を足の裏で挟み、あぐらのような状態で刃を真上に引き延ばすように錬成していく。手の中のオリハルコンは徐々に小さくなり、代わりにひしゃげた片手剣は美しい形を整えていく。
そしてものの三十秒ほどで、最高高度を誇るオリハルコンは、平凡な鉄の片手剣と融合され、後にできたのはプラチナに輝く至高の一品。
「はいよ!」
自分には不釣り合いな獲物をおずおずと受け取って、そして思う。軽い。リリが何かしたのだろうか。
「す、すごいね……。もしかして、儲かってる?」
「ありゃ、ばれちった?」
その推測は間違っていないようだ。白い歯を見せて笑うリリは、さっきのミクルのような輝いた笑顔をしている。
ミタツは立ち上がる。
「それじゃ、僕はこの変で。ありがと。久しぶりに楽しかった」
「あたしも楽しかったよ! 良い仕事ができた。ついでに何か宣伝してくれると助かる!」
「私も楽しかったです! また遊びにいらしてください。私も暇な日はここにいるんです」
「うん。じゃあね。仲間におすすめしておくよ」
そう言って、手を振りながら部屋を後にする。
部屋から少し進んだところでふと立ち止まって、自分の新たな獲物をじっくりと見る。景色が八割反射する鏡のような刃だ。これはどうにも自分に似合う気がしない。
僕は、これをきちんと使ってやることができるのか。
そういえば鞘がないことに気がついてもう一度リリの元に行くと、今度は金をとられた。ミタツはそっとチップを挟み込んでおいた。




