二十一話 任務成功?
「ーーなんでこんなことになってるのよおぉぉぉぉぉ!」
そうメアリーが叫ぶのも無理はない。なぜなら任務の真っ最中であるはずの二人は、殺すはずの「目標」から全力で逃げているからだ。
未だ屋敷の中。にも関わらず、この屋敷の主は装飾品をものともせずに猛進している。
ミタツはメアリーの叫び声に追加の説明をする。
「あ、あいつが! 『巨大化』なんて能力を、持ってたからだよ! はぁ、はぁ」
思い起こすこと五分前。メアリーの力により、袋に入れられた砂を器用に使ってーー砂を槍や刃物にしてーー警備のもの達を音も立たせずに殺して順当に目標の部屋の前にたどり着き、そっとドアを開けて忍び込んだ。
目標はその時はベッドの中にいて、二人はその首を掻き切るために近づいた、その瞬間。ガバッと起き上がった目標の男は能力を発動して身長3メートルの巨人に。またそのベッドを持ち上げたかと思えばその下には4メートルの大剣。
つまるところ、絶体絶命である。
「それで、あいつはなんでこんなにあたしたちを追ってくるわけ?!」
「知らないよ! それで、あいつを殺す案は?!」
「隙さえ作ってくれれば砂の槍でイチコロよ! あいつを引き離せたらね!」
言葉も発せず黙々と二人を追う男は、その大きな歩幅を活かして2人を追い詰めていた。『恩恵者』と言えども身体能力は人間の域を出ない。『不死』も『アースマスター』も走る速さは五十メートルで七秒強だ。
死の脅威はすぐ後ろに迫っていた。
「ーーなら、僕が行く! 頼むよ!」
「わかったわ!」
だが、法則を外れた少年ミタツは足の向きを変えて男の前に立ちはだかる。そして切れ味抜群なダガーを構えーー大剣がつむじから股下までを切り裂いた。
背骨が繋がっている方の視界が勝手に傾いていくという貴重な体験をしたところで再生。
「うぇっ、らぁぁぁぁ!」
吐き気を堪えて、ミタツは巨人の手首へダガーを振り下ろす。
しかし、その刃は空を切り裂くだけで。
「何してんのよ! うりゃぁ!」
メアリーがそれをカバーするように、砂袋を投げつけてその中の砂を操作。袋を突き破り腕の太さの砂の槍が形成されて、肋骨の間を縫って心臓を貫いた。
砂の槍はさらさらと崩れ落ち、残った赤黒い穴からグロテスクな筋肉の断面と血が流れ落ちる。
巨人の男の能力が自然と解け、後には倒れて息絶える目標の姿。
二人は肩で息をして、視線を交差する。笑顔のミタツで言う。
「や、やったね……」
しかし、それに対してメアリーは不機嫌そうに言った。
「あんた、当てなかったでしょ」
ーーミタツの心臓は跳ね上がった。
「……え?」
「わかるわよ。あんた、あのダガーは届く位置にあったわよ。暗殺者に有るまじき失態よ」
先程までひとつの脅威に対して共に立ち向かっていたはずのメアリーは、厳しくミタツを責める。
もちろん、ミタツに心当たりがない訳では無い。しかし、どうしてもそれを口に出すのははばかられた。
「……わかった。どうにか、する」
「頼むわよ。盾になるだけなら別にいらない。そんなものに頼るほど、あたしたちは落ちぶれてないから。……ま、今日は助かったけどね。行くわよ」
「うん」
ミタツはメアリーの後ろについて、屋敷の窓から飛び降りる。
メアリーは落下先の土を柔らかいクッションにして着地し、ミタツは足首の骨を折りながら着地した。
それを気にもとめずにメアリーは塀を乗り越え、ミタツも最近の訓練のおかげでスムーズに越える。
真夜中の路地裏を疾走しながら、ミタツは考えていた。
ミタツは、誰かを傷つけたことがない。この世界に来る前は論外であるし、またこの世界に来てからも、訓練でも、また任務でも。
しかし、例外はある。
そういえば、ミタツはキャンプの時、馬の尻を突き刺していた。
あの時は、一体何を思っていたのだろうか。
生きたい? 追いつかせたくない? 囮になりたい? 皆を守りたい? ーー死にたくない?
否、答えはーー
殺したい、だ。
肉を突き刺した感覚、苦しそうに鳴く馬、焦る馬の上の兵、さあこれからどうしてやろうか、上のニンゲンの鳴き声が聞きたい。
詰まるところ、ミタツは、父と言う名の化け物と大差がない、化け物なのだ。
だからこそ、“そうなる”自分を嫌う。攻撃を躊躇う。僕はあの男とは違うのだと。
ミタツは唇を噛む。無意識で走っていたが、なんとかメアリーの後ろにはついていた。
腰のダガーを投げ捨ててしまおうか、ミタツは思う。もう死なないだけの盾になってやろうか。
そう思った瞬間、メアリーが突然立ち止まり、ミタツは転びながらメアリーを避ける。
ミタツは動揺を隠さぬまま尋ねる。
「ど、どうしたの」
「……やっぱり、どう考えてもおかしい」
メアリーが虚空を見つめながら呟く。
「あんなの聞いてないし、うちに回ってくる任務にそんな重要な情報が抜けてるなんてこと……。待って、ミタツ、あのベッドの下の空間、何があった?」
「バカでかい大剣。あと……」
ミタツも少し考えて、すぐに思い至る。
「ーー階段」
さっと二人の顔から血の気が引く。
ばっと元来た道を戻ろうとして、ミタツはメアリーに腕を掴まれる。
なぜと振り返るミタツに、メアリーは言う。
「一回帰らなきゃ。……計画を立て直すわ」
「……わかった」
ミタツは頷いて、二人はやり切れぬまま帰路を辿った。




