十一話 ティータイムは真っ黒の部屋で
ミタツはフェリの部屋に招かれていた。
ミタツの部屋の位置を説明するに当たって、軽くこの国の形を説明すると、東京ドーム四個分の面積と、スカイツリーと肩を張る六〇〇メートルの地下含め二〇〇階建て超高層ビルを中心として、同心円状にその周りにもビルが立ち並ぶ。その外側には、普通の西洋風の民家が建ち並ぶという、一見奇妙な形をしている。
そのビルの一三〇階というかなりの上層階、黒を基調とした部屋は、どこか硬いイメージがあり、どうにも落ち着かなくなったミタツが耐えかねて訊くと、「黒というか、暗闇が好きなんだよね」というふうに返されて、ミタツはとりあえずうなずいた。
そして今、暗い色をした木製のテーブルの上に二つの紅茶を並べ、ミタツが座るちょうど向かいの席にフェリが座る。
「それじゃあ軽く説明といこうか」
紅茶をすすりながら、フェリが格好良くきめようとする。が、どうやら紅茶が自分の思ったよりも熱かったのか目をバッテンにしてのけぞる。
あっ、なんか小動物みたいで可愛いな。
そう思ったミタツの頬は自然と緩み、しかしじろりと睨まれてきゅっと引き締める。内心少しひやりとしながらも、ミタツは平静を保ったまま自分も紅茶に口を付けた。
「……これ、ちょっと熱すぎない?」
「できたてホカホカでいいじゃないか」
「できたてアツアツの間違いかな」
そっと二人同時にカップをソーサーの上に置いた。
仕切り直すようにフェリが咳払いをする。
「それで、どんなことをするのかっていう疑問だったっけ?」
「うん」
「それなら簡単だよ。仕事を上からもらう。行く。殺す。報告して終了」
なるほど確かにとても簡潔な説明である。
が、しかし。
「全然簡単そうに見えないけど」
「いいや、君がなんと言おうと簡単だね。それに、君の役割が最も簡単まであるんだから」
「どういうこと?」
「ボクが頑張ってる間に見張りとかを引きつけて、ボクの代わりに死ぬだけだからさ」
「簡単だけど過酷だね……」
「大変なのはお互い様さ」
頬を小さく膨らませて、フェリは不機嫌をアピールする。しかしミタツには大して効果はない。どちらかと言うと、軽口を口に出す方が緊張しているため意識がそこまでに行かない。
実を言うとミタツは未だに緊張と警戒が解けないでいた。さすがにいきなり殺してくることはないだろうとわかってはいるが、どうしても、不思議と騎士に何度もやられた急所がうずく。
そんなミタツにはお構いなしに、フェリは悠長に語る。
「それに、君が囮を買って出てくれることで、ボクの仕事は成功率が飛躍的に上がるからね。これで国にも恩返しができるってものさ」
「恩返し? 何か国とあったの?」
「いいや? 特には無いけど……ああ、君たちにはあんまりわからないかもだけど、大抵の国民は、この国を崇拝してるからね。ボクもその一人ってことさ」
フェリは口の中を潤わすように紅茶を口に運ぶ。ちょうどいい温度になっていたようで、ソーサーに置いた時は半分ほども飲んでいた。
ミタツは代わりにじっと考えていた。戦時中ならともかく、あの平和まみれとも表現できる日本では、確かにその考えは無く、ミタツにもわからない。ただ、そういうものなのだろうと思うだけだ。
しばしの間、黒い部屋を沈黙が包む。ミタツには少し居心地の悪い時間。
その沈黙を破ったのはフェリ。
「ちなみに、どうやら不死の割には右腕が折れてるみたいだけど」
「そうなんだよね。でも僕にも理由はわからない。だけど、なんとなく、重要な部位な気がするんだ」
「へえ。具体的には思いついてるのかい?」
「まあね」
ミタツは、帰り道で黙々と一人でしていた考察の中身を話し出す。ちなみに、フェリはその時すでに去っていたのでミタツは一人で帰る羽目になっていたのだった。
「多分だけど、この右腕は僕の能力の軸になっているのかもしれない。この右腕を中心に、何もかもが回復していく。その代わりこの右腕自体には回復の効果がない。そんな感じじゃないかと思うんだけど」
「なるほどね、ならこうしてみたらどうかな?」
そうフェリが言った瞬間、ミタツの右肩から先の重さが消滅した。
驚いて腕の方を見ると、なぜか床が眼前に迫っていた。そして、体の下には切り落とされた腕が。ミタツは自重に圧迫される右腕にうめく。
「これで君の仮説は証明されたみたいだけど、どうかな?」
「……恐怖しかないよ」
体を起こしながら、やけくそ気味に言い放つ。
今、間違い無く死んだ感覚がした。右腕は生命の維持には一切の関係がないはずなのに、確かに今ミタツは死んだのだ。
ミタツは引きつった顔でフェリを睨む。しかし、フェリの手には凶器の一つすらも握られておらず、ミタツにはどうやったのかまったくわからない。
その代わり、ミタツはもう一つ気づくことがあった。
「もしかしたら、僕が瞬きしたときに、回復してるのかも」
「へえ? 試そうか」
今度は視界がぶれた。どうやら今度は首が宙を舞っているらしい。なるほど確かにこれでは意識的に瞬きはできない。ただ、それは騎士にもうすでに――
「――大丈夫みたい」
「そのようだね。へぇ、興味深い」
しかしミタツの頭はすぐに首にくっついて元通り。不快感に首を手でこする。おそらくミタツの首を切り落としたであろうフェリは、尚もけろっとして紅茶をすすっている。
ミタツは尋ねる。
「ちなみに、君はどうやって僕の右腕を切り落としたり、首を跳ねたりしてるの?」
「その答えなら、振り返ればわかるよ」
言われたとおりにミタツは振り返る。するとそこにあったのは、真っ黒な壁に深々と突き刺さる銀色の二本のダガーと、真っ赤な血しぶきだった。
それを見ていよいよミタツはぞっとする。いつ投げたのか、どう投げたのか理解不能で、思考は浮かんでは消えて言葉にはならない。
しかしやっとのことでミタツは一つだけ訊いた。
「……なんの能力者なの?」
恐る恐る尋ねるミタツに、フェリは楽しそうに笑って答えた。
「どんなものよりも単純だよ。ボクは『身体能力上昇』の能力者。動体視力から運動能力、思考能力までが強化された能力者なんだよ。それは君が瞬きをする瞬間に、ここに隠してたナイフを投げただけさ」
そう言いながらフェリがテーブルの裏をとんとんと叩いた。試しにミタツも手で探ってみると、不思議な出っ張りが確かにある。
「もしや、この部屋のいろんなところにこんな仕掛けがあるんじゃ……」
「正解。その通りさ。あと客のテーブルの椅子が壁側にあるのも、逃げにくくするためだね」
なるほど、なぜこんなに席が壁に近いのかとは思ったがそういうことかとミタツは納得する。
そして同時に恐ろしくもあった。この少女は、一体どれほどの力を持っているのかと。もしや、能力者の中でもトップの力を持つのでは無いかとも思った。
「それじゃ、改めてよろしくと行こう」
「……はい」
「そんな見るからに怯えられても困るなぁ」
「いや、無理だよ。二回も殺されてるんだから……」
緊張で疲れ果てて、ミタツはヘトヘトになっているというのに、この少女は、やっぱりやけに楽しそうな笑顔を浮かべるのだった。
「ちなみにもう少しお茶してく?」
「殺されないなら」
「まあそれは保証して上げるよ」
仕方なくミタツはこのままお茶を続けるのだった。