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十二話 トレーニングタイム

 それから何日かして、ミタツはトレーニングジムへとやってきていた。理由は明白だ。前のフェリとのお茶の時。


『君は少し体を鍛えた方がよさそうだね。いくら死なないとは言っても、塀を登れなかったりして作戦にすら参加できないなんてことがあったら困っちゃうからね』


 と言われてしまったので、腕が治ったところで意を決してやってきたのだった。ちなみに、骨折はこの国の技術であれば一週間程度で治る。それにミタツの恩恵が加わって――右腕にも多少の回復力があるようで――数日で治ったというわけだ。


 この国の大手ジムの入り口に立って、その看板を見上げる。すると背後からとんと肩を叩かれた。


 驚いてミタツが振り返ると、そこにはコウタロウが笑顔で立っていた。


「よう! 久しぶりだな。元気にしてたか?」

「久しぶりって言っても、ほんの数日だけどね。元気にしてたよ。そっちは?」

「お前がジムに来てて驚いてる真っ最中だ」

「失礼な」

「冗談だよ」


 わかってるとミタツが声を上げて笑うと、コウタロウもそれに釣られ笑う。そして二人で自動ドアをくぐった。


 ロビーの椅子に腰掛け、二人は駄弁る。


「ミタツは、最近の調子はどうだ?」

「良い感じ。腕も治ったしね。コウタロウは?」

「鬼教官と仲良く特訓中だよ。ああ、あとアレックスがなーー」


 しばらく他愛のない会話をしてから、二人揃って受付に生き、すでに登録が済んでいるコウタロウは先に奥へ、ミタツは登録をしてからロッカーに荷物を預け、運動用のジャージに着替えてコウタロウの後を追った。


 ジムの中は至って一般的なジムそのもの。手前にはたくさんの機器が並び、七割ほどはすでに筋骨隆々な猛々しい人々に使われている。


 ミタツは、見慣れない光景に内心怯えながら、恐る恐るといった様子でコウタロウを探す。すると、コウタロウは耳にイヤホンを付けて、ランニングマシンの上で走っているところだった。


 ミタツはコウタロウがとりあえず一段落つくまで、後ろの椅子で待つことにした。


 それから十分ほど。


「ふー……。お、ミタツか。悪い、気づかなかった」

「ううん、大丈夫」


 コウタロウは近くの自販機へ向かい、プロテインを購入してからミタツの隣に腰掛ける。コウタロウは冷たいプロテインを一気にあおった。


「くはー! やっぱしうめぇや! ミタツもいるか?」

「まだ動いてないから遠慮しとくよ」

「あ、確かに。……そうだな」


 コウタロウはミタツの体を下から上へ眺めて、それからきょろきょろとジムの中を見渡した。そしておもむろに立ち上がり、ミタツに向けて手をこまねく。


 ミタツが連れて行かれたのはダンベルがたくさん並んだゾーン。


「まずは三キロだな」


 コウタロウが手渡すダンベルを、ミタツは受け取る。


 手にずっしりと来る重みに一瞬声を漏らしそうになるが、だがまだ最初の段階。こんなところで弱音は吐いていられないと、なんとか声を我慢する。


 そして笑って言った。


「これくらいなら、まだまだ余裕だね」

「ほんとかぁ?」


 ニヤニヤとからかうように笑うコウタロウはミタツからダンベルを受け取り、次は五キロのダンベルを渡す。


 ミタツはそれを受け取った瞬間、「んっ」と喉で声が出たが、なんでもなかったかのように笑って見せる。


「まだまだ」

「無理すんなよ」


 次にコウタロウは八キロのダンベルを渡す。


 ミタツはずっしりと来た重みに、思わずダンベルを持った左手を右手で支えてしまう。やってしまったと思いコウタロウを見ると、案の定笑っていた。


「そこまでみたいだな。まあお前は無理せず五キロ……いや、三キロでいいな。それで回数を詰もう。いいな?」

「うん、まあコウタロウがそう言うなら」


 正直十キロまでは行けると睨んでいたミタツは、あっさりと八キロでダウンしてしまったことに少しの衝撃を受けていた。そこで少し好奇心が出たミタツは、そっとコウタロウに訊く。


「ちなみに、十キロ持ってみてもいい?」

「ん? いいけど、腰に気を付けろよ。あとはちゃんと両手で持つこと」

「わかってるよ」


 コウタロウは軽々と片手でミタツに台から十キロのダンベルを回す。そして、ミタツはそれを両手で持った瞬間、重力に引っ張られる感覚に思わず手放してしまった。


 十キロの鈍器がミタツの右足の甲に落下し、ボキリと嫌な音がした。


「あっ……ぶない。やっぱりやめておけばよかった」

「……いや直撃してんだけどな。大丈夫か?」

「平気だよ、ありがとう」


 コウタロウがミタツからダンベルを受け取って、元の位置に戻す。ミタツは平気な顔でそれを見ていた。


 コウタロウが耐えかねて訊く。


「痛くねぇのか?」

「うん。痛みと悪意には慣れてるから」

「慣れちゃいけないもののような気もするが……いや、俺がそこまで心配する必要もないか。ほれ、三キロのダンベルだ」

「ありがとう」


 複雑な気持ちを抱えたまま、コウタロウはミタツにダンベルを渡す。


 大人しくここはコウタロウの指示に従おう。ミタツは諦めて三キロのダンベルを受け取った。その時やっぱり十キロのダンベルを片手で持つコウタロウをうらやましく思うのだった。


 それからミタツはなんとかコウタロウとトレーニングを続けた。ランニングマシンや軽いバーでのスクワットなどで、筋持久力の向上を図るメニューを教わっていた。


 二時間ほど休憩を挟みながら運動をして、ヘトヘトになったミタツは一人で休憩室へ来ていた。コウタロウはなんと脅威の体力を誇り、ここからさらに負荷の高いトレーニングを行うという。


 さすがに体に限界が来たミタツは、一人でよろよろとやって来たというわけだった。


 そこに、一人の小太りの中年の女性がやってきた。


「あらぁ、珍しいわね。あなた、もしかして始めて?」

「え? あ、はい、そうです」

「やっぱり! このジムって、みんなマッチョばっかりだから、あなたみたいな男の子は目立つのよ~。あ、ほら、あれ見てみなさいよ!」


 やっぱり自分の肉体は貧弱なのかとミタツが肩を落としていると、女性に言われて顔だけそちらに向けた。


 そこは大きなガラス張りになっていて、他の人がトレーニングをしているところを見られるようになっているようだ。それも――能力者以上の。


「あの子たちもすごいわよね~。だって、あんな人並み外れた力を、自由自在に使ってみせちゃうんですもの! おばさんも、憧れちゃうわ~。あら、もうこんな時間。お邪魔したねぇ」

「いえ、大丈夫です。お疲れ様です」


 そうミタツが言うと、女性は上機嫌に部屋を出て行った。クーラーの効いたこの部屋では、扉が少し開くだけで熱気が舞い込んでくる。おまけに、閉められたはずの扉はわずかに開き、少し部屋の温度が上がってきてしまう。


 だがそれもお構いなしに、ミタツは食い入るようにガラスの向こうを覗く。


 そこにいたのは、一人の男と戦闘を繰り広げるフェリの姿。


 その戦い方はなんとも奇妙で、空中で自由自在に進行方向を変えて、蛙が虫かごの中で跳び回るようなトリッキーな動きで男へと攻撃を仕掛けていた。


 しかも男の実力も相当のもので、四方八方から襲い来るフェリの攻撃を全て受け止めている。


 そんな人の域を軽々と超えた光景に、ミタツは目を奪われる。


「ミタツ。そろそろどうだ?」

「うわっ?!」


 突然背後から話しかけられ、ミタツは驚きの声を上げる。自分でも想像以上だったので、口を手で押さえながら振り向いた。


「び、びっくりした……」

「俺のが驚くよ。で? 何を見てたんだ?」


 コウタロウが無理矢理ミタツの隣に入って、ガラスの向こうに目をこらす。すると、なるほどとうなずいてミタツに訊いた。


「あのちびっ子だろ。聴いたぞ? 暗殺者の助手をやるんだって?」

「な、なんで知ってるの?」

「うちの教官に教えてもらったんだよ。まあ、なるほどな……ありゃ話に聴いてた以上かもしれない。ワイヤーを足場にしてんのか……?」


 じっとコウタロウも食い入るように見つめる。だがミタツほどではなく、すぐに視線を外してからミタツに訊いた。


「まだ見てるか?」

「ううん。もういいかな。帰りに鉢合わせしそうだし……」

「ここに通う限りは免れないぞ?」

「うっ、確かに……。まあ、別に悪い人じゃない……かな?」

「なんで疑問形なんだよ……」


 ふと二度も殺された――一度は判定が不思議だったが――記憶が蘇り、ただ何気に楽しかったあの惨劇のあとを思い出して微笑む。


 コウタロウもやれやれと頭を横に振った。


「よし、たんぱく質を取りにいくぞー!」

「お、おー?」


 ミタツはコウタロウとともにジムを出て行った。 

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