十話 さらば同僚よ
第三ホール。そこは第二ホールとは違い、日本の議会のように司会の席を中心に扇状で、また見やすいように段なっている。
その席のうちのひとつに皆が思い思いに座る中、ミタツたちもまた自分の席を決めて座っていた。しかし思わずミタツは「うっ」と声を漏らす。
それに真っ先に振り向いたのはアレックス。
「あ? どうしたミタツ」
「いや、ちょっとね、アレックスが前に座ったらちょうどよく僕の目に光が反射して」
「ああ、そういうことか。悪いな」
素直にアレックスは武装を解き、腕のない普通の格好に戻る。
やはりミタツ以外の人からも注目されていたようで、頭を覆う兜がとれ視界が開けると、あまりの視線の多さにアレックスもしかめっ面をして、さらには自分へ向けられる視線に睨みで返した。
あまりのメンタルの強さに思わずミタツの右隣のコウタロウも苦笑していると、司会席の偉そうな太った男がこの世界のマイクを手に取った。
『えー、皆さん。まずは、ご生還ありがとうございます。いやはや、まさかの不運に遭ってしまわれたようですが、それでも一人の死者なく帰ってきていただき、また多数の恩恵の発現、これは我が国に多大なる恵みを与えてくださることでしょう。誠に感謝いたします』
どうせこの男が言いたかった感謝というのは、恩恵のことだけに違いない。そんな会場の不満の雰囲気を意にも介さずに、男が話を進める。
『つきましては、恩恵者の方々へのお話になります』
そう男が言うと、男のいる台を挟んで二人の男が出てきた。
その片方は、痩せた眼鏡の不健康そうな男。もう一人は強面のガタイの良い白髪の老人。その二人を指してか男が語り始める。
『彼らはそれぞれ恩恵者ではなく能力者でありますが、あなた方には自身の恩恵を扱えるようになるまで、彼らの元で修行を積むようにお願いいたします。割り振りといたしましては、主に自身の能力を向上させる、戦闘が可能な方はこちらの老人、カガミの元へ。また、状態異常や創作、知識などの非戦闘的な恩恵の方は、こちらの眼鏡をかけた、ロゼッタの元へとお願いいたします。説明後、移動していただく形になります』
「なるほどな……。なら、俺はあのカガミってやつのとこに行く訳か」
ぼそっとコウタロウがそう漏らす。それが耳に入ってきたミタツは、こっそりとコウタロウに顔を近づけて尋ねる。
「コウタロウは、どんな能力なの?」
「俺は、体が硬くなるんだ。率直に名前を付ければ『硬化』ってところだろう」
「硬化……」
ミタツはコウタロウが言った自分の能力の名前を自然と復唱する。
そして今度はコウタロウがミタツに話しかける。
「お前も多分だが戦闘系だろ? ミクルだけ別の方に行っちまうな」
「本当ですね。ちょっと悲しいです」
「ああ、それなんだけどね。……僕も、実は別の場所で」
ミタツが気まずそうにそう言うと、二人は怪訝な顔をしてミタツの顔を見る。それを説明しようとすると、またスピーカーが鳴った。
『尚、ナガセ ミタツさんは特例として別のところへ行ってもらいますので、説明後こちらまで来ていただけるようお願いいたします』
ミタツは、ね? と表情で答えを示す。それにコウタロウはあからさまに残念そうな顔をした。
さらに司会の男は何かを喋っているが、それもお構いなしにコウタロウは口を開く。
「なんだよ、結局みんな離ればなれか……。寂しくなるな」
「そうだね。まあ、また休暇が被ったら一緒に食事に行こうよ」
「ですね! 新しい楽しみができます!」
ミクルがそう笑うと、釣られて二人も笑顔になる。
その後で、ミタツの前の席のアレックスが堂々と後ろを向いた。
「それで、てめぇはどこに行くんだ」
「実はね、ちょっとスカウトされちゃって」
ミタツはちょっとだけ誇らしげにそう言う。すると、アレックスは「けっ」と鼻で笑ってあしらって、だがまだ何か訊きたいことがあるのか前は向かない。
アレックスがじっとミタツを見る。そこでミタツは観念して、静かに語る。
「……僕さ、恩恵が結構特殊みたいで。……どんな傷を受けても、死なないどころか傷すら残らないんだ」
「何だと?」
アレックスが目を細める。そのミタツの隣で、ミクルとコウタロウもやはり納得のいかない表情をしている。
「その割には、右腕が悲惨なことになってるみたいだが」
「あはは……。これに関しては僕もさっぱり」
折れた右腕をひらひらとさせて、おどけてみせると、コウタロウもやれやれと座り直して前を向いた。ミクルもとりあえず受け入れられたのか、一度視線を落としてきっとミタツを見た。
「大変なことがあったら言ってくださいね。毒とかでも、私なら空腹とかに変えられるので」
「あ、状態異常を治せるわけじゃないんだ」
「当たり前じゃないですか。この世界に回復系の魔法と能力は存在しないんですよ、本来は」
それを聴いて、改めてミタツは自分が特異な存在なのだと気がついた。なるほど確かにそれはこの世界の常識である。しかし、ミタツの能力は明らかにその理に反している。
一瞬、ミタツは不安に襲われる。もしかしたら、自分はまずいことに巻き込まれるのでは無いかと、そんな情景が容易く想像できる。
しかし、不安に心を馳せる暇も無く、司会の男は話をまとめる。
『えー、それでは恩恵者の皆様。先ほども言いましたように、戦闘を行えるものは向かって左、こちらのカガミの元に。それ以外の恩恵者の方は右手のロゼッタの元へ。ナガセさんはこちらまでよろしくお願いいたします。では』
言い終わって、男は台を降りる。その後、誰とも無く口を開き、瞬く間にまたこのホールは喧騒に包まれる。それでも皆抑えているのか、控えめに会話を続けながら、ゆっくりと自分の行く場所へ向かう。
ミタツたちもおもむろの立ち上がって、会話をする。
「そんじゃ、まあミタツが特殊ってのがなんか不安だが、お別れと行くか」
「心配してくれるのはありがたいけど、僕だってもう十六歳なんだから、安心してよ」
「見栄を張るな見栄を。俺からしたらまだ可愛い子供だよ。なあ、アレックス?」
「あ? 知るかよ。おら、行くぞコウタロウ」
「へいへい。じゃあな、みんな。また連絡するよ。飯も早めに行こう!」
コウタロウは席一列を隔ててアレックスに促されながら、去り際に爽やかな、いつもの笑顔でミタツたちに手を振る。それに「うん」「そうだね!」と二人は返す。
「あの二人、あんなに仲が良かったんだね」
「そうだね。でもなんだか格好良く見える」
「確かに」
コウタロウたちの見る二人の背中は、あの騎士たちと渡り合ったという力強く頼もしいものだった。
それを見送りながら、ミクルが寂しそうに笑う。
「それじゃ、私も行くね」
「うん。僕もだけど……まあ、方向は違うしね」
「うん、またね」
ミクルがそう行って脚の方向を変える。ミタツも、ミクルが歩き出すのを見て決意を固めた。そして誰も通らない真ん中の通路を、一人で歩く。
司会の男のいなくなった壇上。そこに銀髪の少女は立っている。
ミタツがやって来るのを見て、少女は顔を輝かせた。今日は以前に見たようなローブ姿ではなく、ボーイッシュなジーンズのパンツと、明るい緑のシャツを着ていた。
「やあ、悪いね、一人だけ名指しで」
「大丈夫だよ」
「そっか。ならいいや」
実際はまあ、思うところもあったのだが、なんて不毛な感情があったことを思い出しながら、それは言わなくてもいいことだと思い、代わりにミタツは尋ねる。
「ちなみにだけれど、これから僕は君と何をするの?」
「ああ、その前に自己紹介といこう」
ミタツの疑問に答える前に、少女は仕切り直しというように手をパンと叩く。
それにミタツも若干の緊張を覚えながらもうなずくと、少女もうなずいて口を開いた。
「ボクの名前はフェリ。ウルリア民主国家一等暗殺者、フェリ・ヴァレリアさ。よろしく頼むよ、不死の恩恵者、ミタツ」
フェリは華奢な右手を差し出す。その肌は真っ白で、暗殺者とは思えない。そうミタツは最初に思った。だが、うっすらと見える多くの切り傷の痕が、そのイメージを拭い取る。
何よりも、優しく笑っているこの少女の前で、ミタツは未だに緊張が抜けないのだ。そう、それはまるで、父が帰ってくる前のような――
「――うん、よろしく」
しかしそれらの感情を全て押し込んで、ミタツはフェリの手を、折れている右腕の手で握る。
フェリは、優しく笑った。




