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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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エピローグ

後日、冒険者ギルドに足を運び、バランを訪ねる。

受付の職員にも顔を覚えられ、自然と客室に向かっても咎められることはなかった。


むしろ、軽く会釈までされる。最初に来た時とは随分な違いだ。

何度も足を運んでいれば、嫌でも顔くらい覚えられるか。

廊下の奥にある扉を叩く。


「入れ」


聞き慣れた声。

扉を開けると、バランは机に広げた書類へ目を落としていた。


「よう」


「ふん」


随分と雑な扱いだ。


「竜から王都を守った功労者に対して、もう少し敬意とかないの?」


「お前、竜に何かしたのか?」


「…………」

何もしてない。

促されるまま向かいの椅子に座ると、バランが何枚かの書類をまとめた。


「早速だが、ミカゲの件だ」


少しだけ姿勢を正す。

ミカゲを冒険者として動かすにあたり、バランにはいくつか頼み事をしていた。


アルケイン周辺の依頼を優先して紹介すること。

最初のうちは、腕の立つ冒険者を同行させること。

そのせいで彼らに損失が出た場合は、俺が補償すること。


「最初は随分と特別扱いしたが、結局、補償が必要な事態にはならなかった」


「……いいの?」


「ああ。あいつが依頼を完璧にこなすからな」


難しい依頼でも結果を出し、同行した冒険者にも十分な報酬が入る。

それどころか今では、


『次はミカゲと組ませろ』


そんな連中までいるらしい。


「人気者じゃん」


「本人に言ってみろ」


「怒るだろうな」


「間違いなくな」


容易に想像できる。


「もう特別扱いする必要はない。勝手に特別な存在になったからな」


「そっか」


自然と口元が緩む。

十分すぎる結果だ。


「それと、もう一つ」


バランが一枚の書類を差し出してきた。

受け取って目を落とす。


「……あ」


「家の担保だ。補償が必要なくなった以上、こっちももう解消されてる」


「おお……!」


思わず書類を両手で持つ。

俺の家。

完全に俺の家。


「これで安心して昼寝できる」


「普通は他人のために家まで担保に入れねえんだぞ」


「結果的に戻ってきたんだからいいじゃん」


「結果論だろうが」


その通り。

だけど、ミカゲは冒険者として独り立ちした。

家も戻ってきた。


「結果良ければ全部良し」


「お前とは金の貸し借りをしたくねえな」


「奇遇だな。俺もだ」


バランが笑いながら、深いため息をついた。


「だが、人に関する話なら、また相談に乗ってやる」


「そりゃどうも」


どうやら、そっちの信用だけは失っていないらしい。


◇


家に戻る。

今日はこのあと、エルナの家で夕食をご馳走になる予定だ。


まだ少し時間がある。

着替えて、ちょっと横になって――。


コンコン。

玄関の戸が叩かれた。


扉を開けると、黒髪の女が立っている。


「ミカゲ?」


「来ると言っただろう」


小さな革袋を突き出された。


「ああ。薬代か」


ノートンから取り寄せていた脚の薬。

その代金を直接持ってくると言っていた。今日とは聞いていないが……。


「じゃ」


受け取って扉を閉めようとする。


「待て」


「何?」


「……茶くらい出さないのか?」


「え?」


「客が来たんだぞ」


こいつ、客だったのか。

仕方なく家へ招き入れ、二人分の茶を淹れる。

向かい合って座った。


「脚は?」


「悪くない。以前より痛みも少ない」


「完治はしないけど、やっていけそうなのか?」


「ああ」


迷いのない言葉だった。

以前なら、その脚で騎士を続けられるかどうかばかり考えていたのだろう。

今は違う。


「冒険者はどう?」


「……悪くない」


「そっか」


笑うと睨まれた。

そのまま茶を飲みながら話していると、いつの間にか窓から差し込む光が赤くなっていた。


……夕方?


壁の時計を見る。


「…………」


「あああああっ!」


「なんだ!?」


「エルナの家!」


完全に忘れていた。


「俺、行くから!」


「お、おい!」


「適当に帰ってくれ!」


「ここはお前の家だろう!」


そんな声を背中で聞きながら、家を飛び出した。


◇


「まずいまずいまずい……!」


王都を走る。

すでに遅刻だ。

大通りを抜け、市場を横切る。


少しでも時間を縮めようと職人街へ入ったところで――。


カンッ。


足が緩んだ。


カンッ。


一軒の鍛冶屋。

その奥に、一人の少年がいた。


十二、三歳くらいだろうか。

ぼさぼさの髪に、煤で真っ黒になった顔。


服も手も灰まみれだ。

少年は灰の入った桶を運びながら、何度も職人たちを見ていた。


赤く焼けた鉄。

振り下ろされる槌。

炉から噴き出す炎。

壁に並べられた剣。


そのすべてを、忙しなく目で追っている。


「おい! 何ぼさっとしてやがる!」


「す、すみません!」


怒鳴られ、慌てて走り出す。

それでも。


俺の前を通り過ぎる直前、少年はもう一度だけ振り返った。


ちょうど客の男が、出来上がったばかりらしい剣を手に取っている。

軽く振る。

空気を切る音がする。

少年の目が、その剣を追った。


次の瞬間には、また職人の振り下ろす槌へ視線が戻る。


「…………」


なんだ?

俺には鍛冶なんて分からない。


あいつに才能があるのかも分からない。

そもそも、何に興味がある?


鉄が形を変えていくところを見たいのか。

出来上がった剣そのものが好きなのか。


それとも――。

自分で握って、振るってみたいのか。


「……どっちだ?」


思わず呟く。

造りたいのか。振るいたいのか。


それすら、まだ分からない。

だけど。だからこそ、気になる。


何を見ている?何を考えている?

何に夢中になれる?

何なら、誰より長く続けられる?


そして――どこに置けば、一番輝く?


「レイグさん?」


びくりと身体が跳ねた。

振り返る。

そこには、エルナがいた。


「……どうして、ここに?」


「なかなか来ないので、迎えに来ました」


笑顔だけど、かなり怖い。


「すみませんでした」


素直に頭を下げる。


「何かあったのですか?」


「ああ。家にミカゲが来ててさ」


エルナの笑顔が止まった。


「…………ミカゲが?」


「薬代を持ってきたんだよ」


「レイグさんの家に?」


「うん」


「中に入ったのですか?」


「入ったけど」


「二人で?」


「二人しかいないからな」


沈黙。

なんだ?


「それで、何を?」


「茶、飲んでた」


「…………」


エルナが笑った。

さっきまでと同じ笑顔のはずなのに。

なぜか怖さが増した。


「なるほど。私との約束に遅れたのは、ミカゲと二人きりでお茶を飲んでいたからなのですね」


「言い方に悪意ない?」


「事実を確認しただけですよ?」


「そ、そう?」


エルナが俺の腕を掴む。


「行きましょう」


「ちょっと痛い」


「気のせいです」


気のせいじゃない。


「そういえば、ミカゲも夕食に誘った方がよかったでしょうか」


「もう帰ったと思うけど」


「そうですか」


にっこりと笑う。

なんだろう。竜と戦っている時より怖い。

そのまま引っ張られかけて――。


「あ、ちょっと待って」


もう一度、鍛冶屋を見る。

灰まみれの少年が戻ってきていた。


怒られたばかりだというのに。

また職人の手元を見ている。

その直後には、壁に掛けられた剣へ目を向けた。


「レイグさん?」


「あの子」


エルナも視線を向ける。


「何かあるのですか?」


「分からない」


鍛冶の才能があるのか。

剣を振るう才能があるのか。


あるいは、そのどちらでもないのか。

名前すら知らない。


何一つ分からない。

だけど。だからこそ、気になる。


「……明日、また来ようかな」


俺が呟くと、エルナが小さく息を吐いた。


「本当に、レイグさんは変わりませんね」


「そう?」


「はい」


エルナが俺の腕を引く。


「でも、今日は駄目です。夕食が冷めてしまいます」


「分かったって」


歩き出す。一度だけ振り返った。

少年はまだ、鍛冶屋の中を見ている。


鉄を。


槌を。


剣を。


まだ何者でもない。磨けば輝くのか。

ただの石ころなのか。

そして。


どんな形に磨けば輝くのか。

そんなこと、俺にはまだ分からない。


それでも。

どうしても目が離せなかった。


「レイグさん、置いていきますよ」


「今行くって」


エルナを追いかける。

明日。もう一度ここへ来よう。

あの灰まみれの少年が何者なのか。


何になりたいのか。


そして――何になれるのか。


少しだけ、見てみたい。


そんなことを考えながら。


俺はエルナと並んで、夕暮れの王都を歩いていった。

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