第1話 敗戦の責任は人事にあるらしい
「くぅーっ! 裁判で有罪にされた後の酒は美味いっ!」
時刻は正午を少し回ったところ。
普通の労働者なら仕事に追われている時間だ。
それなのに俺は、準備中だった酒場に無理を言って店を開けてもらい、昼間から浴びるように酒をあおっていた。
「あーあ。まったく、帝国兵団で文官だったとは思えねえ飲みっぷりだな」
対面でカウンターに立つ男は、この店の店主だ。
無理な頼みを聞いてくれたうえ、渋々つまみまで用意してくれている。
強面の顔に似合わず料理の腕は一流で、今も慣れた手つきで食材を刻み、香ばしい匂いを漂わせていた。
「んいやぁ……ぜぇぇぇんぶ俺のせいなんだってよぉ」
舌がもつれる。
酒は決して強いほうではない。それでも現実から目を背けたくて、無理やり喉へ流し込んだ結果だった。
「人材登用していて、軍事裁判にかけられるなんて前代未聞だろ」
「ほんとらろぉ……なんでなんだよぉ」
思わず頷く。そう、そこなのだ。
俺はレイグ・ローウェル。帝国兵団・人材登用局に所属していた、そこそこベテランの文官だ。剣も振れなければ魔術も使えない。
そんな俺が、なぜ軍事裁判にかけられ、有罪判決まで受けなければならなかったのか。
「優秀な人材を登用できなかった責任、だったか?」
店主は包丁を止め、天井を見上げる。
「確かに、この前の魔族との戦いは大敗みたいだが、いち文官の責任にしちゃ重すぎるだろ」
「だろぉ?」
俺は杯を掲げる。
「戦場で戦ったわけでもないのにさぁ」
今回の敗戦で、帝国兵団は大きな被害を受けた。
大国であるエルムガンド帝国は、失態を決して見逃さない。誰かが責任を負わなければならず、その槍玉に挙げられたのが、人材登用を担当していた俺だった。
「上からは前々から嫌われてたからなぁ……。『仕事をしてない』、『職場にいない』って、何度言われたことか……げふっ」
以前から俺のやり方は疎まれていた。
帝国兵団では家柄や血筋、養成所での成績が重視される。
だが、俺はそんなものだけでは人の価値は測れないと思っていた。
だから自分の足で街へ出向き、訓練場を巡り、冒険者を観察し、酒場で話を聞く。
履歴書より本人を見る。
それが俺の登用方針だった。
もちろん、その方法で登用した人材の中には、帝国兵団を代表するほどの活躍を見せた者も少なくない。
それでも……、結局のところ上層部には理解されなかったわけだ。
勤務時間中に外を歩き回る変わり者。
結果的に、そんな評価しかされていなかったのだ。
「話を聞いてると、お前はむしろ仕事しすぎなんだけどな」
店主は苦笑する。
「面白そうな奴を見つけたって、この店でもよく熱く語ってただろ」
「まぁねぇ……」
自然と笑みがこぼれる。人を見るのは好きだった。
誰も気づいていない才能を見つける瞬間は、何より胸が躍る。
「あいつは伸びる」
「こいつには剣より槍が向いてる」
「この子は兵士じゃなくて魔術師団だ」
そんなことばかり考えていた。
今にして思えば、俺にとって人材登用は単なる仕事ではなかったんだな。
「……それが、このざまだ」
俺は杯を空にし、乱暴にカウンターへ置いた。
「かぁぁっ! 酒が美味い!」
「いや、美味そうには見えねえけどな」
店主は呆れたように肩をすくめる。
「ところでよ」
「ん?」
「……今日、金あるのか?」
その一言で酔いが少しだけ覚めた。
「……つ、つけといて」
店主は無言で俺の杯を取り上げる。
さらに、今にも出てきそうだったつまみまで自分のほうへ引っ込めてしまった。
「ど、どうしても……だめ?」
「だめだ」
ぴしゃりと言い切られる。
「そういや、お前、もう給金も止まってるんだったな」
「…………」
返す言葉がない。
軍事裁判の結果、俺は職場だった帝国兵団を解雇された。
それだけでは終わらない。敗戦の責任者として、到底いち個人では払い切れない額の賠償金まで背負わされた。職はない。収入もない。
あるのは、人生を何度やり直しても返せそうにない賠償金だけだった。
「……返せる当てはあるのか?」
「あるわけないにゃろー」
乾いた笑いが漏れる。三十五歳。
怪我で戦場に立てなくなり、そこから十年以上、人材登用一筋で働いてきた。
剣を振るうことはできなくても、国のために働いてきた自負はあった。
それなのに、最後に残ったのは『敗戦の戦犯』という汚名だった。
「ははっ……」
笑うしかない。酒でも飲まなければ、やっていられなかった。
人生なんて、案外あっけない。
積み上げてきたものが、数日の裁判で崩れ去る。
肩書も、信用も、仕事も、すべて失った。
残ったのは、返せる見込みもない借金だけだ。
「今日はもう帰って寝ろ」
店主がため息をつきながら言う。
「今のお前を見ていると、こっちまで気が滅入る」
「……寝たら、明日になるだろ」
俺はそのままカウンターに突っ伏した。
「明日なんて来なくていい」
「おいおい」
店主が呆れた声を漏らした、その時だった。
――カラン。
酒場の扉についた鈴が静かに鳴る。
「悪いな。まだ準備中……」
店主は言葉を止めた。
入口に立っていたのは、一人の女性だった。
陽光を受けて輝く淡い蒼色の長髪。
澄んだ蒼い瞳はまっすぐに前を見据え、白と群青を基調とした騎士服には、見慣れない紋章が刻まれている。
腰には一本の長剣。
少なくとも、昼間から酒に溺れている俺とは住む世界が違いそうな女だった。
鑑定スキルのような便利な力を持たない主人公が、どうやって人の才能を見つけ、発掘し、登用していくのか。そこで生まれる人間模様も含め、筆力の限り描いていきます。
いつの日か――「あの作品と作家は、わしが育てた」と言っていただけたら最高です。
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