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第六話

凍てついた風が疲れた体に突き刺さる。朝日はまだ弱く、冷え切った手足に、朝の陽はまだ届かない。


ロウリゴとザガシトが体を寄せ合って寒さに耐えている。


二人も同じく一睡もしていないんだろう、とルーシェは鈍くなった頭を両手で挟み込む。


悪いことは考えるな。

これからのことを考えろ。


といくら思っても、昨日の光景が頭から離れない。


泣き疲れて眠っていたフィーナが隣で静かに目を開けた。


「……ルーシェ、おばあちゃんは……」


ルーシェは弱々しく首を振る。


「分からない、あとでオルヴァスと一緒に見に行こう。昨日の盗賊がまだいるかも知れない」


フィーナは赤く腫れた目元を隠すように両手で顔を覆った。


「どうして……おばあちゃん……」


少し離れて見張りをしていたオルヴァスが戻ってきた。


目の下には疲労が浮かんでいた。

一晩中、見張っていたのだろう。


「みんな、辛いだろうが、少しでも食べておけ」


そういって幾らかの木の実と山菜、川で汲んだ水を入れた皮袋を渡してくれた。


「もう少し日が登ったら村に行くぞ。盗賊の気配はもうなさそうだ」


オルヴァスは血が滲んだ布を首から剥ぎとり、無造作に投げ捨てて村を睨んだ。


「……五年前にもあったんだ」


力なくルーシェが語り出す。重い口調だった。


「まだおれがここに来る前だな。なにがあった?」


オルヴァスは木の実を数粒、雑に掴んで口に放り込んだ。


そうだ、あのときはオルヴァスいなかったんだ。


「詳しくは知らないし、覚えてもいない。でもここまで酷い被害ではなかった」


ロウリゴとザガシトも視線が下がる。

二人にも嫌な記憶だろう。


ロウリゴが口を開く。


「僕が覚えてるのは僕の家が無事だったってことだけ。ルーシェごめん、ルーシェの家ではお母さんが……」


重い空気が立ち込める。ルーシェは乾燥した唇を噛み締める。


「いやいいんだ。……ロウリゴ、気を使ってくれてありがとう。悲しいことだったけど、おばあちゃんとフィーナとで乗り越えたから」


でも――

せっかく乗り越えたのに。

強くならなきゃいけなかったのに……。


「今は大陸自体が不安定なんだ。

この村みたいな話は各地で起きていると聞く」


重い空気をオルヴァスが遮ってくれた。


「おれがいたのに……悪かった……」


オルヴァスは悪くない。


おっさんがいなかったらおれもロウリゴもザガシトも生きてなかったかも知れない。


――フィーナだって


奴隷や、もっと酷いことをされていたかも知れないのに……。


「村を見に行こう。立てるかお前ら」


ロウリゴが立ち上がろうとしてよろける。


ザガシトがそれを支え、ロウリゴの腕を掴み肩を貸す。


「行こう。ルーシェはフィーナを引いてあげて」


ザガシトはそう言うと、オルヴァスの後に続いた。


ザガシトだって心配だろうに。教会でのこと、きっと不安に思ってる。


強いな、とルーシェは思った。


そして頼もしくも。


村は焦土の嫌な匂いに包まれていた。


丘の上から見ていた限り盗賊はいなかったが、

五人は周囲に気を配りながら進む。


恐怖で何も考えられないが、ここが本当に昨日まで暮らしていた村なのか、ルーシェには分からなかった。


燃えた家、崩れた壁。


あたり一面、生き物の気配がない。


鳥も動物も、そして人間も――


「ひどいことしやがる……」


オルヴァスが怒りに震える。


教会の焼け跡に、人影が倒れているように見えた。


瞬間、オルヴァスが叫ぶ。


「見るな、全員、目を閉じろ!


思考できない四人は言われるがまま、目を閉じた。


「くそ、なんだってんだ!!」


オルヴァスは四人の肩を押すようにして広場まで連れて行った。


誰もが言葉を失っていた。


フィーナの啜り泣く声だけがそこにあった。


しばらくして、ザガシトが口を開いた。


「オルヴァスのおっさん、おれたちこれからどうすればいい?」


怒りに満ちたオルヴァスの口元が微かに緩む。小さな笑みを浮かべ、ザガシトの頭をガシガシと撫でた。


しかし言葉は出ない。


また怒りに満ちた顔に戻る。


オルヴァスは村の方に目をやり、周辺を見渡した。怒りから悲しみの表情に変わる。


そしてもう一度、ザガシトの頭を撫でた。


「村を出る」


予想はしていたが、思考が追いつかず、覚悟もできず、ルーシェはただ一点を見つめるのみだった。


「おっさんも来てくれる……?」


心配そうにザガシトがポツリと聞く。


オルヴァスはロウリゴとフィーナの頭もガシガシと撫で、ザガシトに向き合う。


「ああ、どうせ帰るとこねぇんだ。一緒に行こう」


ザガシトが頷いた。


ロウリゴも何かを悟ったように目に輝きを戻す。


「ここからだとエルターナの街だよね」


ここセイル地方最大の街、エルターナ。

ルーシェも名前だけは聞いたことがあった。


「ああ、この村じゃまた襲われるかも知れねぇし、あの規模じゃ次はおれの手が届かないかも知れねえ」


辛いだろうが……と付け足したそうに、オルヴァスはルーシェたちに目線を添えた。


「それに、ガキのお前らとじゃ復興もままならん」


皮肉混じりにいつもの感覚を取り戻そうとするが、なかなか上手くいかなそうだった。


うずくまったルーシェの視界に、ちらりと白い浮遊物が映った。


「ちっ、寒ぃワケだぜ…!」


ルーシェはゆっくりと顔をあげると、オルヴァスが空を見上げて言った。


「この地域で雪が降るなんて珍しいのにな、なんだってこんな時に…」


弱々しかった朝日はいつの間にか雪雲に隠れ、ゆらゆらと降る雪に変わっていた。


「報われない健気さ、か……」


軽く咳払いし、独り言だが、と前置くと、オルヴァスが語り出した。


「北方のノル地方じゃ雪なんてしょっちゅう降るし、降れば生活できないくらいの積雪量になるが、このあたりで降ったってさほど積もりゃしねぇ」


オルヴァスはどこか懐かしむような顔で独り言を続ける。


「なのによ、そんな雪が儚くて、いじらしくて、好きなんだと昔言ってたやつがいたんだ」


オルヴァスは、ふっ、と軽口を叩いたあとのように意地悪い顔になる。


「降っても降っても積もらねぇ。それでも降るんだ。ひたむきに、消されても、溶かされても、また降る。その報われない健気さが、強さが、人間にあってもいいんじゃねぇかって、そいつは言ってたよ」


いつの間にか雪の粒は大きくなり、静かに、しんしんと降っていた。


変わり果てた村の姿を雪が隠そうとしてくれているのだろうか。ルーシェはひとり思った。


おれも、雪が好きになるのかも知れない、とオルヴァスの話を思い返して、ルーシェは手のひらに雪が舞う様子を見ていた。

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