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第三話

ドアを開けるとフィーナが駆け寄ってきた。

剣だこがやぶれ血の滲んだルーシェの手を見て、


「ルーシェ、また血が出てる……。」


そういって、いつものように布を巻いてくれた。たどたどしい手つきの割にすっかりお姉さん気取りだ。


「なんでそんなに強くなろうとするのか、私には全然分からない」


それはそうだ。フィーナはとても小さかった。おれだって小さかった。五年も前だから。


「守るためだ。お前やおばあちゃん、村のみんなを」


ふーん、と立ち上がり台所へ向かうフィーナはまんざらでもなさそうだ。


「りんごのタルト。食べるでしょ?」


おばあちゃんと一緒に作ったというやつか。おれも好きなやつ。


「おや、ルーシェ帰ってたのかい」


ガブリと頬張った顔で振り返ると、外套を羽織ったおばあちゃんが優しい笑みを浮かべて立っていた。


「お、おかえり……もごもご」


「ふふっ、いいよ、食べてからで」


外套を脱いだ拍子に、腕輪の石が暖炉の火を受けて小さく輝いた。


「またそれ着けてるの?」


「じいさんにもらった大事なもんだからねぇ。着けない理由なんてないさ」


おばあちゃんはそう言って、照れくさそうに腕輪を撫でた。


「おばあちゃんも食べよ!」


フィーナは皿を運びながら得意げに笑う。


「このりんご、おいしいね」


「テラン爺さんの畑で採れたやつだよ。今年は出来がいいんだって」


「へぇ、だから甘いのか」


サクッと音を立てて、フィーナは夢中でタルトを頬張る。


「それでなんだい、ルーシェは今日も剣を振り回してきたのかい?」


「うん、ロウリゴとザガシトと一緒に」


「ああ、いつもの3人だね。ヴァーレ家は代々学者の家系なのに剣の練習をしてるのかい。困ったもんだねぇ」


「ううん、ロウリゴはいつも本を読んでて、たまに嫌々素振りをしてるくらい。

ザガシトはまだ11歳なのに木斧を振り回せるんだよ。素振りも速くてビューン!って感じですごいんだ!」


「さすがモンテのせがれだね。明日にでも薪割を頼もうか」


にひひ、と笑いながら席を立ち、変な匂いのするお茶を淹れて戻ってきた。


「ねえ、おばあちゃん、ルクサはなんなの?代々何をしてきたの?」


「おやフィーナは知らんかったかね」


おばあちゃんはフィーナの方へ体を向けた。


「ルクサ家は教会を預かり、みんなをまとめる役をしてきたんだよ。フィオナ様の灯火は、昔からうちが守ってきたんだよ」


変な匂いのするお茶を啜りつつ、また、にひひ、と笑った。


「だから剣を振り回すより、教会で祈りを捧げた方がいいんだがねぇ…。フィオナ様も喜ぶはずなんじゃが。どこかの誰かさんは全く興味がないみたいで困ったもんだよ」


チラッとルーシェを見て、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「全部で十二家。みんながそれぞれの役目を果たして、この村は成り立ってきたんだよ」


「私、ソラルおばさんが焼いたクッキー大好き。このりんごのタルトの次にだけど」


フィーナはまたガブリとタルトに噛みつき、ベタベタになった口の周りをぺろりと舐める。


「教会の管理かぁ。じゃルーシェいなくても大丈夫だよ。私がいるもん。私、お祈りするの好きだし、いつも心の中ではフィオナ様に沢山お願いしてるから、きっとお願い聞いてくれると思う」


フィーナは誇らしげに胸をたたく。


何もできない8歳のくせに生意気な。


「そうかい、それじゃ安心だね。ふふっ」


おばあちゃんは嬉しそうにシワだらけの顔を緩ませた。


「家名っていうのはねぇ、昔の言葉なんだよ。今じゃ意味を知ってる者なんて、教会くらいしかおらんけどね」


窓の外では鍛冶場から甲高い音が響いてくる。

カン、カン、カン。


「イグナスのおじさん、今日も遅くまで仕事か」


ルクサの坊主、と会うたびに頭をしこたま撫でてくる鍛冶職人の大きな手を思い浮かべた。


「あそこの鍬は丈夫だからねぇ。春先はみんな順番待ちさ」


……それぞれの役目か。


明日村の人に会ったら、何か話をしよう。

そうだ、イグナスのおじさんに木剣を見てもらおう。


「ほら、寝る準備はいいのかい?りんごのタルトは明日の朝にまた食べようね」


腕輪が暖炉の火を受けて、乳白色の石が静かに光る。


薪がぱちりと爆ぜた。

ルーシェはその音を聞きながら、ゆらめく炎をぼんやりと見つめていた。

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