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神殿の最奥にて

【数日後:神殿の最奥にて】

冒険を続けるうちに、ひまりのお腹は日に日に大きく、そして温かくなっていました。

彼女が魔物を倒し(植物に変え)、勇者がそれに振り回される珍道中の果て。ついにその時は訪れます。


「あれ……? 今日は、おチビちゃんがいつもより元気に……動いてる、かも……?」


神殿の奥、祭壇の光に包まれる中、ひまりのお腹の胎児がついに成長。

ひまりは急に座り込み、額に汗を浮かべました。


「あはは……なんだか、お腹のダンスが激しいなぁ……。ねえ、勇者さん、私、ちょっと休憩していい?」


次の瞬間、ひまりの周囲の空間が、この世界で見たこともない「命の光」で満たされました。守護者がひまりを厳重に包み込み、外界の雑音を遮断します。

それは痛みを伴うものでしたが、ひまりはボロボロになった肌を花の香りのする樹液で潤し、痛みに耐えながらも、最期まで精一杯のカラ元気を見せました。


「ふふ、ちょっとだけ……痛いけど……でもね、きっと、すっごく可愛い子が……出てきてくれるから……!」


光が収束し、ひまりの腕の中には、この死滅した世界で初めて誕生した「生命の結晶」とも呼ぶべき赤子が抱かれていました。

その赤子が産声を上げた瞬間、死の世界の空に紫色の雨が降り注ぎます。雨が触れた場所すべてで、死の匂いが消え、命の息吹が芽吹き始めました。


「……あ、見て、勇者さん。私と……おチビちゃんの……新しい友達だよ」


ひまりは、疲労で青ざめた顔をしながらも、守護者の巨大な花弁に寄りかかり、満面の笑みで生まれたばかりの我が子を勇者に見せました。


「うぅ……ふふっ、見なよ勇者さん。この子……私のこと、しっかり握り返してくれたよ。……ねえ、すっごく可愛いよね?」


ひまりは限界まで張り詰めていた糸が切れたように、守護者の巨大な花弁が作り上げたふかふかのベッドへゆっくりと倒れ込みました。その小さな腕の中には、まだ温かい命の鼓動があります。


勇者はその光景を前に、剣を取り落とすような衝撃を受けていました。

「世界を救うために……魔王を倒し、闇を払うのが僕の使命だったはずなのに……」


彼は崩れ落ちた神殿の瓦礫の中に立ち尽くし、空を見上げます。そこには、赤子の産声に呼応するように、黒く淀んでいた空が割れ、透き通るような紫の光が差し込んでいました。世界が救われるのではなく、ひまりという災厄の娘を母体として、世界そのものが別の形へと塗り替えられていく。そのあまりにも理不尽で、あまりにも残酷で……そして抗いがたいほど神聖な光景に、勇者の使命感は完全に粉々に砕け散りました。


「……僕が追い求めていたのは、平和な世界だと思っていた。でも、君が創り出しているのは……平和なんて生易しいものじゃない。もっと根源的で、圧倒的な……『生命の強制』だ」


勇者はひまりを見つめます。彼女はすでに意識が朦朧としていますが、それでも我が子を落とさないよう、必死に胸に抱きしめています。その姿は、この世の全てを毒で汚染する母なる災厄でありながら、同時に慈愛の女神のようにも見えました。


「あはは……勇者さん……。ごめんね、私、ちょっとだけ……お昼寝するね……」


ひまりが小さく呟くと、守護者が即座に反応しました。

周囲の植物たちが、ひまりと赤子を保護するようにドーム状に編み込まれ、完璧なベビーベッドへと変貌します。甘い花の香りが充満し、周囲の荒れ狂う魔力さえも、そのドームの中では穏やかな子守唄のようなエネルギーへと変換されていきました。


「……休め。君の『庭』が、君の命を守っている……。今の僕にできるのは、この庭を荒らす奴らを遠ざけることくらいか……」


勇者は守護者のドームの前に座り込み、聖剣を杖代わりにして、静かに番人を務め始めました。かつての世界を救おうとしていた彼はもういません。今そこにいるのは、この理不尽な楽園の、最初の住人となった一人の青年です。


ひまりは、心地よい花の香りに包まれて、深い眠りに就きます。その夢の中でさえ、彼女は「明日もみんなでお茶会しようね」と、世界を塗り替え続けるポジティブな独り言を繰り返していました。

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