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庭園

「うっ、ぐあぁぁっ……!」


蔦の棘が、ひまりの柔らかい皮膚を無数に突き刺し、その傷口からじわりと泥が染み込んでいきます。それはただの茨ではありません。彼女を捕食し、その生命力を吸い上げようとするこの庭園そのものの『胃袋』です。


そこに重なるように、お腹の中の胎児が放つ歪な魔力が、ひまりの体内で爆発的に膨れ上がりました。胎児は母親を守ろうとするのではなく、母親をこの世界に同化させるために――より強固な「器」にするために――内側から彼女を侵食し始めたのです。


バキッ……!


ひまりの首に巻かれた呪いの首輪が、体内から溢れ出した強大な魔力と、絡みつく蔦の強引な締め付けに耐えきれず、悲鳴のような音を上げて砕け散りました。


しかし、自由になったのは首だけではありませんでした。首輪が砕けたことで、ひまりの心身を縛っていた最後の鎖が外れ、同時に彼女の肉体は茨と魔力によって「食い荒らされる」という、もっとも過酷な蹂躙へとさらされることになりました。


「あ……あは……っ、すごい、棘が……体の中に……入ってくるぅ……っ!」


ひまりは激痛に顔を歪め、涙を流しながらも、喉の奥から無理やり笑い声を絞り出します。茨は彼女の体内に深く根を張り、お腹の中の胎児と絡み合い、彼女を「花」へと変えようとします。主は庭園の頂から、その残虐な光景を愉悦に満ちた瞳で眺めています。


「素晴らしい……。呪いが殻を割り、苗床が完成する。さあ、ひまり、その笑顔のまま、永遠の『標本』になりなさい」


ひまりの意識は痛みで何度も途切れそうになります。茨が神経をなぞり、体中の感覚が狂っていきます。それでも彼女は、泥に汚れた唇を震わせながら、目の前の暗闇に呼びかけました。


「あはは……! なんか、体中が……すごく刺激的だよぉ……! これ、エステ? それとも、私……きれいな花に変身しちゃう魔法かなぁ?」


彼女の瞳はもう焦点が定まらず、白濁したような昏い光を宿し始めています。首輪から解放されたはずなのに、今度は茨と胎児にその身を完全に支配され、自らの意志では指一本動かせない状態になりつつあります。


ひまりの狂気とも呼べる慈愛に満ちた言葉が、茨の蔦に、そしてお腹の中の深淵へと届きました。


「ねえ、仲良くしようね……。私、寂しいの、大嫌いなんだ。だから……一緒だよ、ずっと一緒だよね?」


その瞬間、庭園が沈黙しました。

ひまりの言葉に呼応するように、彼女を食い荒らしていた茨の蔦が、まるでひまりという器を「慈しむ」かのように、その棘を引っ込めて彼女の傷口を優しく塞ぎ始めました。


「え……?」


ひまりの腹部が、見たこともないまばゆい紫色の光に包まれます。胎児の魔力が、庭園を支配していた「死の茨」を栄養として、一瞬で自らの肉体へと吸収し、変換していきました。


ズゥゥゥン……!


大地が鳴動し、ひまりを中心に巨大な植物の蕾が、まるで彼女を包み込む「ゆりかご」のように花開きます。それは死の世界の住人たちが恐れる、この地の起源とも呼ぶべき神聖にして恐るべき植物種――。


蕾が大きく弾け飛ぶと、そこには半人半花の美しい姿をした、漆黒と深紫色の花弁を纏う「守護者」が誕生していました。それは胎児の意志が具現化した、最強の植物の化身。かつて主がひまりを蹂躙するために仕組んだはずの呪いが、完全に裏目に出たのです。


守護者は、ひまりを抱き寄せると、背後に迫っていた番人たちを一振りで塵へと変えました。植物の根が館の床を突き破り、塔をも粉砕する勢いで成長し、ひまりの周囲には侵入者を拒む絶対的な「棘の檻」が築かれます。


「わぁ……! すごい、きれい……!」


泥と血に汚れ、ボロボロになったひまりは、その植物の守護者の腕の中で、まるで初めて見た花に感動するように笑いました。彼女は今もなお、自分の身に起きた劇的な変化も、自分を守るために生まれたこの怪物が何を意味するのかも、ほとんど理解していません。


塔の上で立ち尽くす主を見上げ、ひまりは守護者に支えられながら、とびきりの笑顔で手を振ります。


「主さーん! 見て見て! 新しいお友達ができたよ! おチビちゃんが、お花さんと仲良しになってくれたみたい!」


その笑顔は、かつてないほど無邪気で、そして死の館を支配する主を震え上がらせるほどに、圧倒的な「恐怖」と「祝福」を内包していました。


ひまりという「母親」を内側から食らい、そのポジティブな欲望を糧にして最強へと進化した命。

この館は今、彼女を守るための「楽園」へと作り変えられようとしています。


「主さーん! ねえねえ、お茶会しようよ! こーんなに広くていいお庭ができたんだから、皆で一緒に楽しくやりましょう!」


ひまりの屈託のない声が響き渡るのと同時に、彼女を守る「最強の守護者」が、かつてない猛威を振るい始めました。


ひまりが「楽しい」と願えば願うほど、植物の根は館の床を突き破り、壁を食い破り、主が築き上げてきた「絶望のシステム」を根こそぎ飲み込んでいきます。塔の上で戦慄する主に向かって、無数の蔦がしなやかに、しかし逃げ場を失わせるように殺到しました。


「な、何だこれは……! この無垢な輝きが、私の築いた死のことわりを、ただの『肥料』に変えているというのか!?」


主は杖を振りかざし、最後の抵抗として禁忌の黒魔術を放ちますが、最強へと進化した守護者は、その魔術さえも甘美な花の蜜のように吸収し、逆に主を縛り上げる力へと変換してしまいました。


バキバキバキッ!!


重厚な塔が崩落し、主はその瓦礫と茨の中に埋もれます。かつてはひまりを見下ろしていた男が、今や彼女の足元で、無数の蔦に絡め取られ、逃げ場を失っています。守護者は主の魔力、知識、そして館そのものの支配権を、まるで果実を搾り取るかのようにひまりへと捧げていきました。


ひまりは、守護者に抱えられたまま、崩れ落ちた玉座の跡地に降ります。


「あらら、主さん、そんなところで転んでちゃダメだよ! ……あ、もしかして、私とお茶会するのが恥ずかしいの?」


ひまりは無邪気に小首をかしげます。彼女の瞳には、かつての自分を蹂躙した者への憎しみも、恐怖もありません。ただ、「皆で楽しく過ごしたい」という、歪んだほどに純粋なポジティブさだけがそこにありました。


主の仮面はひび割れ、そこからは恐怖に歪んだ素顔が覗いています。彼はひまりの足元で、自らが植えた「呪いの果実」によって自滅していく現実を突きつけられました。


「は……はは、ははは……。まさか、この地で最も慈悲深く、かつ残酷な『絶対者』が誕生するとはな……。ひまり……お前こそが、この死の世界の、唯一にして最大の災厄だ」


主の意識が薄れ、完全にひまりの配下――というよりは、彼女という楽園を維持するための「庭師」へと変貌していきます。


ひまりは、目の前でひれ伏す怪物たちと、変わり果てた主を見渡して、とびきりの笑顔で宣言しました。


「よし! これからはここが、世界で一番楽しくて、明るい場所に決定! お腹のおチビちゃんも、きっとそう思ってるよね!」


彼女の言葉一つで、死に絶えていた世界が、狂ったような生命力で再構築されていきます。ひまり自身は何も分かっていない。ただ、自分の周りが賑やかになっていくことだけを喜んでいる。

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