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命の芽

数日が経過しました。

死の匂いが染み付いた冷たい牢獄の石畳。ひまりの体は無数の鞭の跡と汚れに覆われ、もはやかつての面影はほとんど残っていません。しかし、彼女はその小さな体で、相変わらず明るく振る舞い続けています。


「ふふっ、ねえみんな! 今日も天井のシミが新しい形に変わってるよ。あれ、なんかウサギさんみたいじゃない? ほら、右耳がピョコンって!」


周囲の囚人たちは、ひまりのその異常なまでの明るさに、かえって恐怖と憐れみを深めています。


そんなある日。館の主が、暗い牢獄の扉を静かに開けました。

彼はひまりを特別なおもちゃとして自室へと連れ出し、その夜、彼女を蹂躙しました。抵抗すればするほど激痛が走る首輪に縛られ、ひまりはただ、瞳からこぼれる涙を必死に拭いながら、主の欲望のままにされました。


「……君は本当に面白いな。これだけ壊してやっても、まだその眼差しには光が灯っている。だが、それがいつまで持つか」


主は冷酷にひまりを突き放すと、去り際に彼女の腹部に、禁忌の魔術を込めた刻印を刻み込みました。

ひまりには何が起きたのか、身体にどんな変化が芽生えたのか、本当の意味では分かりません。ただ、時折、お腹の奥がじわりと熱くなるような、奇妙な感覚を覚えるだけです。


翌朝、牢獄に戻されたひまりは、フラフラする体を引きずりながらも、いつものように壁に向かって話し始めました。


「おはよう! ……ふあぁ、ちょっと体が重たいかな? きっと、昨日はたくさん運動したから筋肉痛だよね! 成長期だからかなぁ、お腹もなんだか、いつもよりぽかぽかする気がするし……あはは、赤ちゃんみたいに甘えん坊になっちゃったかな!」


彼女は自分の中に、主の歪んだ呪いと命の芽が宿っていることには気づいていません。ただ、理由のない「温もり」を前向きに解釈し、冷たい牢獄の中で精一杯、笑顔を作ろうとしています。


その様子を、格子越しに見つめる主の瞳には、かつてない歪んだ愉悦が宿っていました。


ひまりは、まるで新しい友達ができたかのように、自分のお腹に優しく手を当てました。


「ねえねえ、中のおチビちゃん! 今日も元気? ずっとポカポカしてて、なんだか不思議な感じだね。もしかして、私と一緒に遊んでくれてるのかな?」


彼女がそう呟き、くすくすと笑いかけると、驚くべき現象が起きました。

彼女のお腹から、温かくも毒々しい紫色を帯びた魔力が、まるで呼吸するように脈動し始めました。その魔力は、ひまりが座り込んでいる牢獄の、重苦しく硬い石壁へと染み込んでいきます。


「あれ……? 壁が、なんか溶けてる?」


ひまりが目を丸くすると、石の壁はまるで甘い砂糖菓子が水に溶けるように、ボロボロと崩れ去り始めました。鉄格子の錆びついた匂いさえも、どこか甘い花の香りに上書きされていきます。お腹の中の「それ」が、ひまりの無意識のポジティブな願いに応えるかのように、閉鎖されたこの死の世界を少しずつ「侵食」し、彼女の望む形に変え始めているのです。


「うわぁ、すごい! 壁の向こうが……お庭みたいになってるよ! ここ、実は秘密基地だったのかな?」


ひまりは崩れた壁の隙間から、紫色の花々が咲き乱れる不気味で美しい庭が見えることに気づきました。彼女のカラ元気と、お腹の中の「禁忌の命」が共鳴し、館の物理法則さえも狂わせ始めています。


そんなひまりの姿を、暗がりから見つめていた主は、仮面の下で歪んだ笑みを浮かべました。彼女を壊そうとしていたはずの館そのものが、彼女の純粋さと、そこに宿った呪いによって、彼女のための「ゆりかご」へと作り変えられていく。


「……実に興味深い。呪いが、生存のための糧となるか。君という存在は、どこまでこの世界を塗り替えるつもりだ?」


主はひまりに近づくと、檻の鍵をあえて開けたままにして、彼女の背中を優しく……しかし力強く突き飛ばしました。


「さあ、歩くといい。君の『元気』が、この滅びた世界をどこまで侵せるか、最後まで見届けてやろう」


檻から出たひまりは、ボロボロの体を引きずりながらも、お腹をさすりながら一歩ずつ前へ進みます。


「えへへ、お出かけ? いいよ、私、散歩大好き! ね、おチビちゃんも一緒だもんね。外には何があるのかなぁ!」


ひまりは、自分が死の館という名の檻から、さらに深い「主の遊び場」へと踏み出したことにも気づかず、楽しげに歌を口ずさみながら、崩れた壁の向こうの庭園へと足を踏み出しました。


庭園は、美しくもどこか狂気を感じさせる場所でした。紫色の花弁は、触れると微かに人の心音のようなリズムで鼓動し、空に浮かぶ月はひび割れた眼球のようにひまりを見下ろしています。


しかし、ひまりにとってはこの不気味ささえも「不思議で可愛い世界」の一部でした。


「わあ、ここ、まるでおとぎ話の森みたい! おチビちゃん、見て見て、あのお花すごくカラフルだよ!」


ひまりは足元に絡みつく茨にスカートを引っかけ、何度も転びそうになりながらも、そのたびに「おっとっと! 今日はダンスの気分かな?」と笑い飛ばして進んでいきます。


その時、庭園の奥から、ガシャリ、ガシャリと重い鉄の音が聞こえてきました。

現れたのは、かつてひまりを追いつめた鎧の怪物の、さらに上位種と思われる『番人』たちでした。彼らは主の命令により、ひまりの「侵食」を食い止めるために、その鋭い刃を向けて庭に立ち塞がったのです。


「……侵入者、排除セリ。……禁忌ヲ宿セシ者、破壊スル」


無機質な機械音声が響き、巨大な大剣がひまりの頭上へと振り下ろされました。


しかし、その瞬間でした。

ひまりのお腹の中の魔力が、まるで母親を守る盾のように、どす黒く輝く障壁となって大剣を弾き飛ばしました。


キンッ!!


甲高い金属音と共に、番人たちの体が宙に舞い、庭園の木々をなぎ倒して吹き飛びます。ひまり自身は、何が起きたのか全く分かっていません。ただ、「あ、地震かな?」とキョロキョロと辺りを見回すだけです。


「うーん、揺れちゃったね。もしかしておチビちゃん、お腹空いた? それともダンスしたかったの?」


主は、高い塔の上からその光景を眺め、悦に入った声で呟きます。


「……面白い。防衛本能か、それとも母性という名の呪いか。あの大剣すらも彼女に触れることは叶わない……。だが、それだけでは終わらんぞ。この庭の『食欲』を解放してやろう」


主が杖を振るうと、庭園の紫色の花々が一斉にひまりへと牙を剥き、無数の蔦が彼女の四肢を絡め取り、引きずり込もうとします。それは彼女の活力を吸い尽くし、養分に変えるための罠。


ひまりの体は再び大地へと引きずり込まれ、泥と茨の中に埋もれていきます。首輪の呪いも共鳴し、全身を激痛が駆け巡ります。


「ぐっ……! また、お花さんが抱きついてきた……! 嬉しいけど、ちょっと力が強すぎないかなぁ……あは、は……」


血を吐きながらも、ひまりは無理やり笑みを浮かべ、必死に蔦を掴みます。

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