表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

カラ元気

ひまりの目の前には、湯気が立ち上る不思議な色をした紅茶と、少し古びた焼き菓子が置かれています。


「いただきまーす! お招きありがとうございます、主さん!」


ひまりはパッと明るい笑顔で、促されるままに優雅な椅子に腰を下ろしました。温かいカップの感触に少しだけ安らぎを感じながら、ふぅ、と息を吐いて一口紅茶を口に含みます。


「んっ……! これ、ちょっと不思議な味! 甘いような、でもちょっぴり苦いような……初めての味だけど、なんだかクセになりそう!」


「……そうか。それは『かつて存在した記憶の残滓』だ。君には、まだそれほど苦くは感じないらしいな」


主は仮面越しに静かな瞳でひまりを見つめています。その時、ひまりのスマホが突然「ブーッ!」と震え出しました。圏外のはずなのに、画面には不気味なノイズとともに、見知らぬ誰かの「助けて」という無数の文字列が猛烈な速度で流れていきます。


「え、なにこれ!? 壊れた……?」


ひまりが驚いてスマホを落とすと、床に落ちたはずのスマホから、突然黒い泥のような液体が溢れ出し、ひまりの足首にまとわりつきました。


「わわっ!? なにこれ、冷たい……!」


「……ああ、やはりそうなるか。君のような存在がこの地に留まれば、それだけで『死』の法則が君を激しく拒絶するのだ」


主がそう呟いた瞬間、部屋の暖炉の炎が消え、壁に飾られていた美しい絵画たちが、次々と血を流す醜い怪物へと姿を変えていきました。先ほどまで寛いでいた優雅なティータイムの光景は一瞬で崩壊し、部屋はどす黒い霧に包まれます。


足元の泥がひまりの体を這い上がり、腕を拘束します。ひまりの可愛い服は汚れ、顔には冷たい泥が飛び散ります。


「ううっ……! 嘘でしょ……こんなの聞いてないよぉ! でも、私……ここで負けたりしないもん!」


ひまりは泥に拘束されながらも、必死に歯を食いしばり、顔を無理やり上げました。泥の感触は氷のように冷たく、精神を蝕むような嫌な悪臭がします。心臓が早鐘を打っていますが、彼女は震える口元を無理やり引き上げ、精一杯の笑顔を作りました。


「ねえ、主さん! ……これ、ちょっとしたサプライズの歓迎会かなにか? 演出が過激すぎだよ〜っ! あはは……!」


泣きそうになりながらも必死に笑うひまりの姿は、ひどく痛々しく、同時にこの絶望的な世界で異様なほどに光り輝いていました。


部屋の壁を突き破って、無数の「影の腕」がひまりを連れ去ろうと襲いかかってきます。


「あはは……。わ、私、なんだか新しいファッションに目覚めちゃったみたい! この……ドロドロした黒い包帯? なかなかパンクでいかしてるでしょ……?」


影の腕はひまりの自由を完全に奪い去りました。床に叩きつけられ、冷たい石畳の感触が頬を伝います。大切にしていた服はボロボロに引き裂かれ、泥と煤にまみれて、かつての明るい女の子の面影は薄汚れた姿に変わり果ててしまいました。


主は冷ややかにそれを見下ろし、床に転がるひまりの顎を、杖の先で容赦なく持ち上げます。


「……面白い。絶望に顔を歪めるどころか、その瞳にはまだ光が残っているのか。だが、その光がいつまで持つか……試させてもらおうか」


ひまりの首には、意志を縛り付ける呪いの首輪が、冷たい鎖と共に装着されました。それは彼女の魔力を吸い上げ、彼女がポジティブな感情を抱くたびに、全身に鋭い激痛を走らせる忌まわしい道具でした。


「ぐっ……!」


痛みで視界が真っ白になり、思わず涙が溢れそうになります。それでも、ひまりは無理やり口角を吊り上げました。


「痛っ……! でも、これってあれだよね? おしゃれなチョーカーみたいな……あ、ちょっとキツすぎない? もっと緩めてくれたら、もっと最高な笑顔見せてあげられるのになぁ!」


その言葉は、恐怖と痛みで震える声で紡がれました。

ひまりは今や、この館の「動く玩具」として、地下の薄暗い牢獄に放り込まれました。他の囚人たちが力なくうずくまる中で、彼女だけは血の混じった泥を拭い、髪をかき上げ、周囲に聞こえるような大きな声で独り言を続けます。


「えへへ、見てみて! ここの壁、すごいカビ臭いけど……星空みたいに見えなくもないよね! さあ、今日も元気に……元気に……ふふ、なんのこれしき!」


影の怪物たちが、彼女の心を折ろうと嘲笑を浴びせ、冷たい嘲りの鞭を振るいます。ひまりは傷だらけになりながらも、そのたびに「それ、ちょっとくすぐったいよー!」と無理やり笑い飛ばし、その健気で痛々しい姿は、逆に周囲の亡者たちを一層深く絶望させていました。


主は暗がりから、ひまりのその「カラ元気」を観察し続けています。彼女がいつ、本当の意味で壊れ、絶望の淵に沈むのかを愉しむかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ