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館の主

ひまりは必死に考えを巡らせます。


「そうよ、さっきのメモに書いてあったこと……あの子、もとい、あのお手紙が鍵を握ってるはず!」


背後の鎧の怪物が、「グオォォ……」と低い唸り声を上げながら、不気味に長い指先をこちらへ伸ばしてきます。空気が凍りつくような冷気を感じますが、ひまりは動じません。


「ごめんね、お話の続きはまた今度! 今はちょっと急いでるの!」


ひまりはポケットからさっき拾った羊皮紙をサッと取り出し、扉の中央にある丸い窪みへ、力いっぱい押し付けました。


『さざめく声は嘲笑か、あるいは救いの調べか。鐘の音は、境界を溶かす合図となる』


紙をかざした瞬間、羊皮紙が青白い光を放ち、まるで液体のインクのように溶け出して窪みに吸い込まれていきました。すると、黒い扉に刻まれていた紋章が、カチリと音を立てて複雑に回転し始めます。


「わっ、すごい! 本当に合ってた! っていうか、私ってば天才かも!?」


ガガガガガ……!


重厚な扉がゆっくりと左右に開き始めます。

怪物が放つ冷気がさらに強まり、背後から無数の鋭い風がひまりを襲おうとした、その瞬間――!


扉の向こう側から、どこか懐かしく、そして凛とした「鐘の音」が「カラン、コロン」と一つ響き渡りました。


その音を聴いた瞬間、怪物の動きがピタリと止まります。それどころか、怪物はひまりを襲うどころか、その場に跪き、まるで何かを恐れるかのように頭を低く垂れました。


「え……?」


扉の向こう側から、紫色の霧が晴れ、淡い光がひまりを包み込みます。そこは、この荒廃した廊下とはまるで別の場所のような、静寂に満ちた小部屋でした。


ひまりが扉の向こうへ一歩踏み入れると、背後の扉はスーッと音もなく閉じ、怪物の唸り声も、死の国の不穏な空気も、すべてが遮断されました。


目の前には、古い机があり、その上には一冊の「聖書のような本」と、見たこともない「銀色の鍵」が置かれています。


「ふぅ……なんとか助かったぁ……! すごいよ、ここ……。あんな怖い怪物が、急にペコペコしちゃうなんて」


ひまりは胸を撫で下ろし、その場にへたり込みます。

ふと、机の上の本を見ると、表紙には『異界の旅人の記録』という文字が。


「よしっ、まずはアイテム確保! ……と、情報収集! 抜かりないよね、私!」


ひまりは自分を褒めながら、まずは机の上にある「銀色の鍵」を手に取りました。ずっしりと重みがあり、冷たくて硬い感触ですが、不思議と手に馴染みます。


「うん、なんだか頼もしい相棒になりそう。鍵っ子って感じで、冒険が始まったって気がするよ!」


そのまま鍵をしっかりとポケットに入れ、続いて傍らにあった古びた『異界の旅人の記録』を開いてみます。表紙はざらついた革製で、中にはインクのシミと、あちこちにメモ書きのような文字が踊っています。


ページをめくると、そこには意外な言葉が綴られていました。


『扉を開けし者よ、安らぎを求めんとするなかれ。

ここは境界の狭間。光の届かぬ場所にして、すべての道が交わる結節点。

銀の鍵は過去を断ち、金の鍵は未来を繋ぐ。

さあ、旅人よ。お前が望むのは、元の世界への帰還か、あるいはこの死滅する世界に光をもたらす救済か。』


「……えっ、救済? 帰還?」


ひまりは目をパチクリさせます。

「元の世界に戻れる方法があるの? ……ってことは、これ、ちゃんと帰れるかもしれないんだ! やったぁ! でも『救済』とか言われると、なんだか放っておけない気も……」


ひまりのポジティブな心に、少しだけ使命感が芽生えたその時。

部屋の奥にあるもう一つの扉が、「カチリ」と小さな音を立てて勝手に開きました。

その扉の向こうからは、先ほどとは違う、甘いお菓子の匂いと、どこか楽しげなオルゴールのメロディが聞こえてきます。


死の国の中心に、まるで場違いなほど明るいその音が響き渡っています。


「なんか、すごく良い匂いがする……。お腹空いてきちゃった。でも、ここにも怪しい何かがいるのかな? いやいや、この匂いはきっといい人(?)が淹れてくれた紅茶の匂いに違いない!」


ひまりはキラキラした目で奥の扉を見つめています。


「おーい! こっちでいい匂いがするんだけど、何か美味しいものありますかー? 迷い込んじゃったひまりでーす!」


ひまりは、まるで近所の家に遊びに来たかのように、元気よく廊下の奥へ声をかけました。返事があるかどうかなんて気にしません。とにかく前向きにコミュニケーション!


すると、どうでしょう。メロディを奏でていたオルゴールがピタリと止み、代わりに「コトコト」とティーカップがソーサーに触れる上品な音が返ってきました。


「おや……まさか、こんな滅びゆく地に『お客様』がいらっしゃるとはね。しかも、随分と太陽のような響きだ」


奥の部屋から聞こえてきたのは、少し掠れた、けれどどこか優しげな声でした。


ひまりが恐る恐る部屋の入り口から中を覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていました。

部屋の中は外の荒廃した様子が嘘のように、アンティーク調の家具で整えられ、温かな暖炉が燃えています。そして、テーブルの向こう側には、ボロボロのローブを纏っているけれど、どこか気品を感じさせる「仮面の人物」が一人で座り、湯気の立つティーカップを手に取っていました。


「びっくりしたぁ! 人間……ですよね? よかったー、やっと人と会えた!」


ひまりはホッと胸をなでおろし、屈託のない笑顔を浮かべます。

仮面の人物は、ひまりの明るさに少しだけたじろいだように、ふっと仮面の下で口元を緩めたような気がしました。


「人間、か……。久しく呼ばれていない響きだな。私はこの館のあるじ……とでも呼んでくれ。ひまり、と言ったかな。君のような眩い存在が、なぜこの『忘却の果て』に来た?」


主は、目の前の空いている椅子をそっと指差しました。


「さあ、冷めないうちにどうぞ。……もっとも、毒など入っていないが、この地の『風味』が口に合うかは保証できないよ」


ひまりの目の前には、湯気が立ち上る不思議な色をした紅茶と、少し古びた焼き菓子が置かれています。

>>この次からの流れは、よりダークファンタジーにして。

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