第七話 水攻め
水は、音を立てなかった。
ただ、広がっていく。
風も弱く、波もない。
鏡のような水面が、空を映している。
その中に――
城があった。
孤立している。
地は消え、道は沈み、
近づく術がない。
逃げることも、できない。
「……ここまでか」
誰かが、呟いた。
それがどちらの声だったのか、分からない。
攻める側か。
守る側か。
もはや、違いは薄れていた。
戦は、動かない。
だが――
終わりへ向かっている。
兵たちは、水面を見ていた。
揺れない。
変わらない。
その静けさが、かえって重い。
「……戦っている気がしない」
小さな声。
誰も答えない。
矢も届かない。
刃も届かない。
ただ、囲まれている。
時間だけが、進む。
陣の中央に、一人の男が立っていた。
豊臣秀吉。
水面を見ている。
動かない。
「殿」
控えの者が声をかける。
「……このまま、か」
問いは、短い。
秀吉は、わずかに頷いた。
それだけだった。
決めた。
誰もが、そう感じた。
戦い方ではない。
終わり方を。
水は、なお増える。
ゆっくりと。
城の影が、水に揺れる。
それは、まるで――
沈んでいくようにも見えた。
やがて、使者が来る。
小舟に乗り、水面を渡る。
白い布が、風に揺れる。
「……来たか」
誰かが、息を吐いた。
交渉が始まる。
声は小さい。
言葉は短い。
だが――
進む。
止まらない。
抵抗も、長引かない。
「……早い」
その一言に、誰も否定しなかった。
あまりにも、あっけない。
ここまでの戦が、嘘のように。
やがて。
和が結ばれる。
戦は、終わる。
水面は、変わらない。
静かなまま。
兵たちは、ただそれを見ていた。
終わった、という実感がない。
勝った、という感覚もない。
ただ――
「終わった」
それだけが、残る。
誰かが、ぽつりと呟く。
「……静かすぎる」
戦が終わる時にしては。
あまりにも。
秀吉は、振り返らなかった。
水面を背に、歩き出す。
次へ。
その背には、迷いがない。
まるで――
この先に起こることを、知っているかのように。
だが。
それを確かめる者はいない。
戦は終わった。
そのはずだった。
だが――
何かが、続いている。
目には見えない形で。
それを感じていた者は、少なかった。
ただ一人を除いて。
豊臣秀吉。
その沈黙の意味を、知る者はいない。




