第六話 中国攻め
雨が、降り続いていた。
細く、長く、途切れない。
音は弱いが、止む気配はない。
陣は、湿っていた。
地はぬかるみ、足を取られる。
衣は重く、火は消えやすい。
戦は、動いていなかった。
「……長いな」
誰かが言う。
それに応じる者はいない。
進めば、ぶつかる。
退けば、崩れる。
だから、動けない。
その均衡が、続いていた。
備中。
川と低地に囲まれたその地で、軍は止まっている。
対するは、
毛利輝元の勢。
簡単には動かない。
こちらも、動けない。
「……どうする」
声は、低い。
その問いに、答える者は一人だけだった。
日吉。
彼は、地図を見ていた。
広げられた紙の上に、線と点がある。
川。
道。
村。
それらを、じっと見ている。
(動かない)
戦が、ではない。
“流れ”が。
雨は降っている。
地は緩んでいる。
だが、それだけだ。
何も変わらない。
「……なら」
日吉は、指を動かした。
川の線をなぞる。
「水を使う」
短い言葉。
周囲が、顔を上げる。
「水、だと」
疑問は当然だった。
だが、日吉は説明しない。
ただ、地図の一点を叩く。
そこは、低い。
「溜める」
それだけだった。
やがて、作業が始まる。
堤が築かれる。
土が運ばれる。
雨は、止まない。
水は、集まる。
少しずつ。
だが確実に。
「……本当に、やるのか」
誰かが呟く。
信じがたい光景だった。
戦場で、水を溜める。
だが――
止まらない。
日吉の指示は、迷いがない。
場所。
順。
量。
すべてが、決まっているかのように。
(分かっている)
そう思わせる動きだった。
やがて――
水面が、広がる。
最初は、足首ほど。
次に、膝。
そして――
城を、囲む。
「……湖だ」
誰かが、そう言った。
戦場が、変わっていた。
敵の城は、孤立する。
逃げ場がない。
攻め道もない。
ただ、水に囲まれる。
日吉は、その光景を見ていた。
何も言わない。
雨は、まだ降っている。
だが――
もう、意味が違う。
自然が、味方しているようにも見える。
あるいは――
利用されているようにも。
「……出来すぎだ」
小さな声が、どこかで漏れた。
誰も、否定しなかった。
戦は、まだ終わらない。
だが。
終わり方は、もう見えていた。
誰も口にしないだけで。
その中心にいる男は――
やはり、迷っていない。
豊臣秀吉。
その判断が、どこから来るのか。
知る者はいない。




