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豊臣秀吉  作者: 本間敏義
5/10

第五話 金ヶ崎の退き口

雪が、降っていた。




 




 音を吸い込むように、静かに。


 白く、冷たく。




 




 




 退くしかなかった。




 




 




 前は敵。


 後ろも敵。




 




 




 挟まれている。




 




 




 「……終わりか」




 




 




 誰かが、そう言った。




 




 




 声に力はない。


 ただの確認のようだった。




 




 




 




 軍は、止まらない。




 




 




 進むしかないからだ。




 




 




 




 その中で、ひとりの男がいた。




 




 




 日吉。




 




 




 




 周囲の顔を、見る。




 




 




 疲労。


 恐怖。


 諦め。




 




 




 どれも、隠しきれていない。




 




 




 




 (ここで崩れる)




 




 




 そう思った。




 




 




 ひとつのきっかけで、全てが壊れる。




 




 




 




 「下がれ」




 




 




 命が出る。




 




 




 退くための、退き。




 




 




 だが――




 




 




 誰かが残らなければならない。




 




 




 




 殿しんがり




 




 




 




 それは、最も危険な役目だった。




 




 




 残れば、死ぬ。




 




 




 




 「誰が――」




 




 




 言葉は、最後まで続かなかった。




 




 




 




 日吉が、一歩前に出たからだ。




 




 




 




 「……俺がやる」




 




 




 




 ざわめきが起こる。




 




 




 




 「正気か」




 




 




 「無理だ」




 




 




 




 当然の声だった。




 




 




 




 日吉は、振り返らない。




 




 




 




 前を見ている。




 




 




 




 雪の向こう。


 迫る気配。




 




 




 




 (間に合う)




 




 




 




 また、その感覚だった。




 




 




 




 理由はない。




 




 




 だが、外したことはない。




 




 




 




 「時間を作る」




 




 




 




 短く言う。




 




 




 




 それだけで、十分だった。




 




 




 




 軍が、動き出す。




 




 




 後ろを任せる形で。




 




 




 




 誰も、振り返らない。




 




 




 振り返れば、足が止まる。




 




 




 




 雪は、降り続ける。




 




 




 




 音が消える。




 




 




 足音も、叫びも、すべてが鈍る。




 




 




 




 その中で。




 




 




 




 日吉は、立っていた。




 




 




 




 動かない。




 




 




 焦らない。




 




 




 




 ただ、待つ。




 




 




 




 やがて――




 




 




 敵が現れる。




 




 




 




 気配だけで、分かる。




 




 




 




 (ここだ)




 




 




 




 合図もなく、動いた。




 




 




 




 ぶつかる。




 




 




 




 雪が舞う。




 




 




 音は、やはり小さい。




 




 




 




 時間が、伸びる。




 




 




 




 一瞬が、長い。




 




 




 




 どれだけ経ったのか、分からない。




 




 




 




 ただ。




 




 




 




 崩れない。




 




 




 




 それだけだった。




 




 




 




 (まだだ)




 




 




 




 退く。




 




 




 引く。




 




 




 また、止める。




 




 




 




 その繰り返し。




 




 




 




 やがて――




 




 




 敵の動きが、鈍る。




 




 




 




 追撃が、止まる。




 




 




 




 理由は、分からない。




 




 




 




 だが、確かに。




 




 




 




 止まった。




 




 




 




 




 雪の中、日吉は息を吐く。




 




 




 




 白く、消える。




 




 




 




 (足りた)




 




 




 




 それだけを、思った。




 




 




 




 




 後に。




 




 この退きは、「成功」と語られる。




 




 




 だが。




 




 




 なぜ崩れなかったのか。


 なぜ持ちこたえたのか。




 




 




 誰も、はっきりとは語れない。




 




 




 




 ただ一つ。




 




 




 




 あの雪の中で――




 




 




 “終わり”が来なかった。




 




 




 




 それだけが、事実だった。




 




 




 




 そして。




 




 




 




 その場にいた一人の男は。




 




 




 




 やはり、迷っていなかった。




 




 




 




 豊臣秀吉。




 




 




 その判断が、どこから来ていたのか。




 




 




 知る者はいない。

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