第四話 人たらし
城下は、昼でも暗かった。
戦が続けば、人の顔から色が消える。
声は小さくなり、笑いは消える。
敵も味方も、同じだった。
「捕らえた者がいる」
報せが届いた。
美濃の者。
敵方の足軽。
「処分を」
誰かが言う。
それが、当然だった。
だが――
「会わせろ」
短く、命が出る。
日吉だった。
薄暗い部屋に、男が座らされている。
縄はきつく、視線は落ちている。
「名は」
日吉が、静かに問う。
「……名など、言うものか」
男は顔を上げない。
その声には、力がない。
(終わる)
そう思っている声だった。
日吉は、しばらく何も言わなかった。
ただ、男を見る。
じっと。
責めるでもなく、探るでもない。
ただ、見る。
やがて――
「腹は減っているか」
ぽつりと、言った。
男が、顔を上げる。
目が合う。
その瞬間、空気が変わった。
敵と味方の境が、わずかに揺れる。
「……何を」
男は、言葉を失う。
日吉は、部屋の隅に目をやった。
「飯を」
それだけを命じる。
「なぜだ」
誰かが小さく問う。
当然の疑問だった。
日吉は答えない。
ただ、再び男を見る。
やがて、粗末な飯が運ばれてくる。
男の前に置かれる。
「食え」
短い言葉。
男は、しばらく動かなかった。
罠かもしれない。
辱めかもしれない。
だが――
手が動く。
震えながら、飯を口に運ぶ。
部屋の中は、静かだった。
咀嚼の音だけが、やけに大きく聞こえる。
日吉は、何も言わない。
ただ、見ている。
やがて、男の手が止まる。
顔を上げる。
目が、変わっていた。
先ほどまでの諦めは、もうない。
「……なぜだ」
同じ問い。
だが、意味が違う。
日吉は、わずかに笑った。
ほんの、わずかに。
「お前は、働けるか」
男は、息を呑む。
その一言で、すべてが変わった。
処分されるはずの命が、
使われる側へと変わる。
「……働く」
声は小さい。
だが、はっきりしている。
日吉は頷いた。
それだけだった。
部屋の外に出たあと、誰かが言う。
「なぜ、あのような真似を」
日吉は、少しだけ空を見た。
「人は、動く」
それだけを言う。
「だが――」
言葉を、切る。
続きは、誰にも聞こえなかった。
後に。
敵だった者が味方になることは、珍しくなくなる。
だが。
その始まりが、どこだったのか。
はっきりと語られることはない。
ただ一つだけ、言えることがある。
人は、言葉で動くのではない。
その“何か”で、動く。
そして――
それを知っている者がいた。
豊臣秀吉。
その笑みの奥に、何があるのか。
知る者はいない。




