第二話 出逢い
尾張の城は、騒がしかった。
笑い声。
怒号。
足音。
秩序はある。
だが、どこか歪んでいる。
「殿は、また妙なことをなさる」
廊下の端で、侍たちが囁き合う。
「常識では測れぬお方だ」
苦笑が混じる。
その空気の中を、ひとりの若者が歩いていた。
日吉。
視線は低く、歩みは静か。
だが、その目だけが、忙しく動いている。
柱の傷。
畳の擦れ。
人の流れ。
すべてを、見ている。
(ここは、面白い)
心の中で、そう思った。
城とは、こういうものか。
力が集まり、ぶつかり、形を変える場所。
――ならば。
(流れは、作れる)
その時だった。
「そこ、通るな」
低い声が、廊下に落ちた。
空気が、一瞬で変わる。
侍たちが、道を開ける。
日吉も、足を止めた。
現れたのは――
織田信長。
派手でもない。
だが、目を逸らせない。
視線が鋭い。
まっすぐで、迷いがない。
(この人か)
日吉は、わずかに息を整えた。
信長が、こちらを見る。
ほんの一瞬。
それだけで、十分だった。
「……お前」
声が、かかる。
侍たちがざわめく。
日吉は、頭を下げた。
「はい」
「名は」
「日吉と申します」
沈黙。
信長は、しばらく何も言わなかった。
ただ、見ている。
値踏みするようでもなく、
試すようでもない。
ただ、見ている。
(試されている)
日吉は、そう感じた。
理由は分からない。
だが、そうだと思った。
「……面白い目をしているな」
信長が、ぽつりと言う。
周囲がざわつく。
「は?」
誰かが小さく声を漏らす。
日吉は、顔を上げた。
「恐れ入ります」
それだけ言う。
余計なことは言わない。
信長の口元が、わずかに動いた。
笑ったのかどうかは、分からない。
「ついてこい」
短く言って、背を向ける。
迷いのない足取り。
日吉は、一瞬だけ考えた。
(早い)
あまりにも。
名も知らぬ草履取りに、声をかけ、決める。
普通ではない。
だが――
(合っている)
なぜか、そう思えた。
日吉は、すぐに歩き出す。
信長の後ろへ。
振り返ることはない。
廊下の影で、侍たちが囁く。
「なぜ、あの者を」
「分からぬ」
誰も、理由を知らない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
その選択に――
迷いがなかった。
やがて、ふたりの背は、城の奥へ消えていく。
交わるはずのなかった線が、重なった。
それが、どこへ続くのか。
この時、知る者はいない。
後に――
この出会いが、すべての始まりだったと語られる。
だが。
本当にそうだったのかは、誰にも分からない




