527話 復讐者
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
遥斗が咆哮と共に殴りかかった。
魔法も、スキルも、アイテムもない。
ただの激情に任せた、素人の右ストレート。
バシッィィ!
「……遅すぎる」
涼介はそれを片手で軽々と受け止めた。
微動だにしない。
レベルの差、ステータスの差は絶望的だ。
「食らってやらんこともないが、俺はそれほどお人好しじゃないんでな」
ドグォッ!!
涼介が蹴り飛ばす。
遥斗の身体がボールのように吹き飛ばされ、宙を舞う。
「がはっ……!」
「遥斗!」
数メートルも飛ばされた遥斗を、大輔が辛うじて受け止める。
衝撃で二人とも地面に倒れ込んでしまった。
大輔は遥斗を羽交い絞めにして押しとどめようとする。
「放せっ!殺す……あいつを殺すんだぁ!」
「落ち着けって!気持ちは分かる!痛いほど分かるけどよぉ!」
それでも遥斗は止まらない。
暴れ続けた。
「今はそんな事してる暇はねーんだよ!世界がヤベェんだ!とりあえずあいつらに従って、逃げねーと死ぬって!」
「……うるさい」
「え?」
遥斗の真っ赤な瞳が、大輔を捉えた。
そこには、かつての友を見る温かさは微塵もなかった。
「……邪魔だ」
遥斗の左手が、大輔の胸に触れる。
「ポップ!」
シュウウウウ……!
「う、わぁ!?な、何すんだよ、力が……!?」
大輔の身体から、残っていた僅かな力が根こそぎ吸い取られていく。
勇者の加護を失い、弱体化していた『竜騎士』の力。
それでも、職業の力そのものを、遥斗は素材として抽出した。
大輔の手から力が抜け、遥斗の拘束が解ける。
遥斗の手の中には、二本のポーションが握られていた。
「は、遥斗……お前、まさか……?」
大輔が震える声で問う。
遥斗は答えなかった。
躊躇いなく、友の力を犠牲にして作ったポーションを一気に飲み干す。
ドクンッ!!
遥斗の身体が脈打つ。
全身に竜のようなオーラが浮かび上がり、爆発的な力が漲る。
『竜騎士』のスキルが、遥斗の肉体に追加された。
「……ッ、アァァァァァァァッ!!」
怒りにかられた遥斗の思考回路は、もはや「戦うこと」以外を焼き切っていた。
友を裏切ろうが、何を犠牲にしようが、関係ない。
目の前の、あの薄ら笑いを浮かべた男を殺す。
それだけが、今の彼を動かす全て。
「グングニールッ!!」
遥斗が虚空に手を伸ばす。
竜騎士の魔力が収束し、蒼き光を放つ巨大な槍が出現した。
伝説の武器を模した、魔力の槍。
「くらえぇぇぇぇぇぇッ!!ドラゴン・ダイヴ!!」
遥斗がドラゴンのオーラを纏って飛翔する。
流星のごとき速度で、上空から涼介目掛けて急降下攻撃を仕掛ける。
蒼き槍の切っ先が、涼介の心臓を狙う。
「……懲りない奴だ」
涼介は冷ややかに龍を見上げた。
彼の手にはもう武器はない。
先ほどの激突で『無双ノ剣』は砕け散っている。
丸腰だ。
だが、涼介は慌てなかった。
(イメージしろ。……俺の、最強の剣を!)
涼介は心の中で描く。
勇者のみに許された、絶対的な力の象徴。
世界を救い、悪を滅ぼす、究極の刃。
光が集まる。
形を成す。
カッッッ!!!!
涼介の右手に、眩いばかりの光の剣が実体化した。
それは魔力で作った擬似的な剣ではない。
勇者の魂が具現化した、聖なる武具。
「これこそが、真の勇者に使う事が許された剣……」
涼介が剣を掲げる。
「勇者の剣『アルティマイト』!!」
激突の瞬間。
遥斗には、その剣の輝きなど見えていなかった。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、母を奪った理不尽を、正義面した絶望を、叩き潰したかった。
「ウオォォォォォォォォッ!!」
蒼き流星と、白金の閃光。
崩れゆく世界の中で、二つの力が交錯した。
!!!
蒼き稲妻と白き閃光が激突した瞬間、世界から音が消えた。
あまりにも巨大なエネルギーの衝突は、大気を振動させる前に空間そのものを歪曲させたのだ。
一瞬の静寂の後、天地を引っくり返すような爆音が轟き、衝撃波が白き大地を吹き飛ばした。
「ゥ、オオオオオオオオオオオオオッ!!」
遥斗は絶叫していた。
右手に握った魔力の槍『グングニール』に、ありったけの憎悪と殺意を注ぎこんで。
『竜騎士』のスキルと風魔法による加速の乗算。
普通なら、城ひとつを消し飛ばして余りある威力だ。
だが。
「……どうした、遥斗。そんなものか?」
涼介は笑っていた。
遥斗の必殺の一撃を、光の剣『アルティマイト』一本で受け止めている。
その腕は微動だにしない。
涼しい顔で、まるで戯れのように拮抗させている。
「貫け!貫け!貫けぇぇぇぇぇぇッ!!」
遥斗はさらに魔力を込める。
血管が切れ、全身から血が噴き出すのも構わず、命を削って槍を押し込む。
「ククッ、いいぞ!その目だ!その憎しみだ!俺を恨め!世界を恨め!そして正義を感じろ!」
涼介の瞳が、恍惚と輝く。
彼はこの状況を望んでいた、楽しんでいた。
親友が自分を殺そうとするほどの感情を向けてくれている事実、そして自らの力で導いていく優越感。
「その先にしか本当の正義はないんだ」
涼介が、スッと瞳を細めた。
「お前の憎しみは、正しい……正しく、そして間違っている。まだ俺の『正義』には程遠い!断罪するには己が誰より正しくあらねばならない。私怨で戦うお前には裁く権利はない!気付け!遥斗!」
遥斗の世界が染まっていく。
赤く、紅く、朱く……




